第3話

 道中、四人はフェリスとリューシカの二人が来た道を戻っていた。

 果てしない散歩道のような平原がどこまでも続いている。


 「僕たちの村はここから半日ほど歩いた所にあるんだ」


 平然と言ってのけるフェリスの顔には嘘を言っている雰囲気はない。

 半日も歩くのか、と驚いていると気になったのかリューシカと手を繋いでいた蓮花が話しかけてきた。


 「貴方達、ずっと歩いて来たの?」

 「ううん、わたしもおにいちゃんもとちゅうまでは『ロードランナー』にのって来たんだよ」


 ロードランナー?

 また新しい単語ワードに頭を捻っているとリューシカが指をさした。


 「あれだよっ」


 元気よく言った彼女が指し示した方角には―――――

 大きさはそんなには無いが、緑色の肌に爬虫類特有の長い舌。

 少し刺々しい角に鋭く光る爪はもう肉食恐竜のそれに近かった。


 「おじさーん!」


 臆する事なく走っていくフェリスは大きく手を振って恐竜、もとい『ロードランナー』に餌をやっている恰幅の良い男へと向かって行った。


 「ん? おお、フェリスじゃないか!! どうしたんだ!?」

 「ごめんおじさん、僕通行証を無くしちゃって……」


 近くにいる恐竜をゆっくりと慣れた手つきで撫でながらフェリスは言った。

 それを聞いた男は「何をしてるんだ」と言っていたがフェリスの頭を優しく撫でた。


 「無くしたもんはどうにも出来ん―――――という事はまだ花は売りに出ていないんだな?」

 「うん、門番の人に追い返された」


 そんなやり取りを少し離れた場所で二人とリューシカは聞いていた。


 「おねえちゃんもおにいちゃんも行かないの?」


 そんな純粋無垢な瞳で見つめられても現代っ子である二人は若干引いていた。


 「ムリムリムリですッッッ! トカゲとかヘビはまだしも―――――恐竜ですよ!?」

 「はははっ、鳴上さんや、好き嫌いはダメですぞーっ。ちなみにワタクシは爬虫類全般は苦手です!」


 十夜の反応は分かるが、蓮花はどこかピントがズレている。

 そんな騒ぐ二人をフェリスと男は遠目で見ていた。


 「あの二人は誰だい?」

 「なんか遠い所から来たんだって。『ディアケテル王国』の事もあんまり知らないみたいだった」


 しばらく時間が経ち、ようやく落ち着いた二人は『ロードランナー』から少し距離を取り男に話をする事が出来た。


 「なるほど、お前さん達は王国領土の森の中で迷子になったという訳だな」

 「まぁ概ねそんなモンだ」


 異世界の話や違う世界から来ましたなどややこしい話はしなかった。

 というかしても「何言ってんだコイツ?」と怪しまれてしまうのが目に見えていたのでしても無駄だと思ったのだ。


 「出会ったのも何かの縁。どうせ私達も行く当てがありませんでしたし、彼らを見捨てるのもどうかと思いましたんで声を掛けたんです」


 さも自分が声を掛けた様に言うのはどうかと思うのだが、そこは何も言わなかった。

 そんな二人の話を聞いていた男は、目頭を押さえる。


 「王国領土で自分優先よりも他人を優先するような人がまだいるとは―――――気に入ったぞお二人さん!」


 そう言うと男は懐から小袋を取り出し十夜へと渡した。


 「これは俺からの依頼料だ。ほんの気持ち程度にしか無いけどこれであの子達の助けになってくれやしねぇか?」


 袋を開けるとそこには金銀銅のコインが入っていた。

 見たことは無いのだが恐らくこの世界のお金なのだろう。

 蓮花は慌てて手を振りそれを断った。


 「いえ、私達はそんなつもりじゃ―――――」

 「いいんだよ。それはいつも贔屓にしてる村から少し貰ったモンだ。それで足りるかい?」

 「足りるかいって言われても」


 正直この世界に来てまだ時間が経っていない。

 この硬貨がどれほどの価値なのか分からないのに足りるも足りないもあったものではなかった。


 「別に金目的じゃねぇよ。それに俺らにも理由があって協力してんだ」

 「王国に入るって話だろ? それなら余計にいるってモンだ―――――まぁそんなに言うんならそれは〝貸し〟って事で受け取ってくれ」


 どうやらこれ以上は譲り合いになりそうだったので、十夜は大事そうにその小袋を握り締めた。


 「ありがとう、早速なんだけど聞きたい事がある―――――――――これって金額はどういう計算なの?」


 十夜と蓮花は男にお金について説明を受けた。

 初めは「本当に何も知らないんだな」と驚かれたりもしたのだが丁寧に説明を続けてくれた。


 「まず金貨一枚が銀貨十枚に相当するんだ。で、銀貨一枚は銅貨十枚に相当する。あと王国内で買い物する時は気をつけろよ。最近はぼったくりなんかも目立つって話だからな」


 軽くレクチャーを受けた後、この周囲に関する情報も仕入れる事が出来た。

 どうやらこの辺りには『魔物』と言うのが出現するらしく、被害も多いようだ。

 王国の領土内では定期的に『王国騎士団』という部隊が巡回しに来るらしいがあまり王国外の人間には冷たいようであまり関わらないようにするのがいいとも教えてもらった。


 「魔物に騎士団って―――――ますますRPGの世界だな。でもまぁ教えてくれてありがとう。あとめっちゃ気になるんだが、アレは人を襲わないの?」


 十夜が視線を『ロードランナー』へと向けた。

 フェリスとリューシカはその『ロードランナー』に乗ったりと遊んでいたが、頭から丸飲みにされそうで冷や冷やしていた。


 「あぁ、あの『ロードランナー』は俺の育てたヤツだからな。野生の種類は人を襲うよりも人から逃げるんだよ。ああ見えて実は臆病なんだ」


 見た目とのギャップが激しいようだが、彼らからすれば恐竜は恐竜だ。

 向こうが近付いて来ないのならばそれはいいのだが。

 そう思っていると蓮花が少し羨ましそうに二人を見ていた。


 「鳴上。もしかしてだけどお前もあの『ロードランナー』ってヤツと触れ合いたいのか?」

 「――――――――――――――――――――~♪」


 ヘタクソな口笛を吹き明後日の方向を向いている。

 どうやら図星だったらしい。


 「あのな、俺達もだけどフェリスとリューシカは早く王国に入んなきゃいけないんだよ。さっさと通行証探すぞ」


 と言っても、二人が乗って来たという『ロードランナー』の荷車には彼らの探す通行証は見当たらなかった。

 そうなれば道中で落としたという可能性が出てくるのだが、そうなると広大な平原で探し出すのは至難の業だ。

 そう思っていると、


 「あ、そう言えばあの二人を乗せた後の話なんだが、一人だけ〝妙な男〟を乗せたっけか?」

 「妙な男? それってどんなの?」

 「何て言うか、そうだな―――――


 それはこの世界の人からすれば気にも留めない事なのかもしれないが、十夜と蓮花からすれば話が変わってくる。

 二人と同じ―――――つまりは他にもこの世界に召喚された人がいるかもしれない、という事なのだ。

 それに気付いた蓮花は男に詰め寄った。


 「それはどんな感じでしたか? 服は? 私達と似たような姿でしたか?」

 「い、いや、俺もそこまで詳しくは見てなかったな……まぁ体格はアンタ達よりも大きかったよ。顔はよく見えなかったけどかなぁ。服装は何か変な服だったよ。アンタ達みたいなヤツじゃなかったけど」


 もしかしたら関係がないかもしれない。

 しかし、今はどんな情報でも欲しいのだ。


 「おっちゃん、その男ってどっちへ行ったか分かる? もしかしたらその人がフェリス達の通行証を拾ったかもしれないからさ」


 十夜の言葉に、そう言えばと何かを思い出したようだった。


 「確か『メムの森』に行ったんだよ。あそこは騎士団も近付かないほど魔物が多く発生するから危ないぞって言ったんだけど聞かなくてよ」


 『メムの森』はこの場所から東へ数キロ離れた暗い森であまり人は近付かないとの事だった。

 そんな場所に人がいるとすれば盗賊ぐらいだろうと言っていたのであまり深くは追及しなかったそうなのだが。


 「『メムの森』―――――盗賊、か」


 十夜も蓮花も二人は気が付けば森の中にいた。

 もしかするとその『メムの森』という場所は先ほどまで自分達のいた森かもしれないと考えていたのだ。

 そしてその予感は当たり男の言っていたのがまさにその場所だったのだ。


 「神無月くん、どうしますか?」

 「まぁ考えてもしゃーないだろ。今は少しでも情報や自分達の置かれてる状況ってのが知りたいしな」


 正直に言うと十夜がこの世界でまともに出会ったのは蓮花にフェリス、リューシカに『ロードランナー』の男と盗賊らしき十人ほどだ。

 偶然なのだろうが森にいた時に魔物に遭遇しなかったのは奇跡に近い。

 今度こそ森に入れば襲われるかもしれないのだ。


 「ま、なんとかなるだろ。頼りにしてるぞ鳴上」

 「また私ですか? 一応私は女の子なんですけど?」


 そんなやり取りを軽く交わすと、十夜はフェリスとリューシカへ近付き二人の目線に合わせるようにしゃがんだ。


 「ちょっと俺らはお前らの通行証を持ってるかもしれない人の所へ行ってくる。森の中は危ないらしいからおっちゃんと大人しく森の入口で待っててくれるか?」


 十夜の言葉にリューシカは先ほどとは違い不安そうな表情を浮かべる。


 「『メムの森』にいっちゃうの? あぶないよ」


 十夜はリューシカの頭に手を置き軽く撫でる。


 「大丈夫だって。お兄ちゃんとお姉ちゃんは強いからすぐに通行証を持って帰ってくるよ。それまで待っててくれよな」

 「―――――わかった」

 「兄ちゃん、気をつけてね!」


 そんなやり取りとは別で蓮花は男に硬貨を渡していた。


 「あの子達をお願いしておきます。これはその依頼料です」

 「俺がやったやつじゃねーか! そりゃお前さん達の―――――」

 「ではこれは荷車の〝予約〟ということで。この辺りで待ってて頂ければその後は王国の門前まで私達を送って下さい」


 そう言って蓮花は無理矢理硬貨を握らせた。

 男は黙って硬貨を握り締めるととうとう折れたのか男は諦めた様に「分かった」と呟いた。


 「ただ料金が多いからな。戻って来ないと残りの料金は俺が貰っちまうぞ」

 「それは怖いですね。何としてでも戻って来ないと」


 蓮花が微笑むと十夜の横に並んだ。


 「さて、じゃあ行きますか」

 「えぇ、足を引っ張らないでくださいね」


 それだけ言うと二人は森の中へと入って行った。

 目的は二つ。

 王国へ入る為の通行証と、

 そして自分達と同じかもしれないという異世界からの召喚者を捜す為に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る