第119話 スタンフォードVSブレイブ その1


 滅竜魔闘男子の部、決勝戦。

 二日間に渡る滅竜祭を締め括る大一番に観客達は大興奮だった。

 王立魔法学園が設立されてから、優秀な魔導士を決めるために長年行われ続けてきた大会。

 歴史を振り返っても一番重要と言えるであろう決勝戦が今始まろうとしていた。


『ついに滅竜魔闘も最後の試合となります。ここまで多くの魔導士達がしのぎを削り合い、我々の心に残る試合を見せてくれました』


 様々な運命が交錯する今回の大会の雌雄を決するときが来た。


「……ついにここまで来たんだ」


 異世界の王子に転生し、才能と環境に恵まれた中で栄光の道を歩んでいることを疑わなかった。

 前世であった嫌なことなど全て忘れ、この世界で幸福に満ちた人生を謳歌できると信じていた。


 だが、現実は違った。


 自分より優れた存在に出会い、自分の無力さを痛感した。

 自分が歩んでいた道は栄光の道ではなく、死の運命へと続くただの踏み台としての道だったのだ。

 そんなとき、自分と同じ転生者であるポンデローザと出会っていろんなことが変わり始めた。


 自分という人間を認め、優しく接してくれるマーガレットと出会えた。

 友となったステイシーは、理由も聞かずに自分の運命を共に背負ってくれた。

 王族としての誇りを常に大事にして厳しく接してきた兄は少しだけ態度が軟化した。

 自分をつまらない男だと見下していたルーファスは、自分の成長に期待してくれた。

 今までの行いから毛嫌されていたアロエラは、自分を許し臣下となった。

 自分など眼中になかったはずのコメリナは、今やかけがえのない大切な存在になった。


 彼らだけではない。多くの人がスタンフォードが変わったことを認め、共に歩む道を選んでくれた。


「絶対に、勝つんだ」


 スタンフォードは新たに歩み始めた人生を振り返りながらも舞台へと上がる。


『今大会で番狂わせを巻き起こした我が国の第二王子! スタンフォード・クリエニーラ・レベリオン!』


「応援していますよ、スタンフォード殿下!」

「頑張ってください!」

「またジャイアントキリングを見せてください、殿下!」


 舞台に上がるスタンフォードに浴びせられるのはもはや罵声ではなく大歓声だ。

 彼が必死に這いつくばりながらも足掻いたことは決して無駄ではなかったのだ。


『今大会の筆頭優勝候補! 光魔法の使い手、ブレイブ・ドラゴニル!』


「負けるなよ、ブレイブ!」

「圧倒的な強さを見せてくれ!」

「頑張って、ブレイブ君!」


 そして、舞台を挟んで反対方向から大歓声を浴びてブレイブが姿を現す。

 その目はどこか虚ろで、腰に差した魔剣はいつの間にか美しい装飾が施された片手直剣へと変わっている。

 舞台を覆う空模様も彼の心中のように曇り、今にも降り出しそうな天気だ。

 それを見たスタンフォードは、世界の修正力によってブレイブが無理矢理強さを引き出されている状況下にあることを認識して気を引き締めた。

 二人が舞台の中心を挟んで一定の距離を空けて構えを取る。


『それでは滅竜魔闘男子の部、決勝戦! 試合開始!』


「〝迅雷怒涛じんらいどとう!!!〟」

「〝光輝神速セイクリッドダスター!!!〟」


 試合開始の合図が聞こえた瞬間、二人は弾かれたように動き出す。

 スタンフォードは雷を、ブレイブは光をそれぞれ纏い身体能力を強化する。

 凄まじい速度で振り抜かれた魔剣と聖剣がぶつかり合い、激しく火花が散る。

 スタンフォードの魔法は相変わらず肉体への反動が大きい魔法であり、魔力量に関しても完全に回復していない。

 その上、ブレイブは剣技も魔法も今までとは比べ物にならないほどに研ぎ澄まされていた。


「っは、随分と腕を上げたみたいだね!」


 ブレイブの剣技に必死に食らいつきながらも、スタンフォードは挑発的な言葉を投げかける。


「だが、君らしくない剣じゃないか!」

「っ!」


 一瞬、スタンフォードの言葉にブレイブの動きが止まる。

 その隙をスタンフォードは見逃さない。


「〝武雷閃刃ぶらいせんじん!!!〟」

「ぐあっ……!」


 雷を纏った鋭い刃がブレイブを袈裟斬りにする。

 しかし、その傷は瞬時に塞がる。

 ブレイブの肉体は高純度の光魔法に包まれており、回復も自動的に一瞬で行われてしまうのだ。


「まったく、厄介だねぇ……」


 これこそが聖剣としての力を覚醒させつつあるブレイブの最大の強みであった。

 攻撃を加えれば即座に自動的に回復する。

 意識して魔法で回復しなければならないスタンフォードと違って、防御に意識を割かなくてもよいということは精神的な余裕を生む。

 更に言えば、光属性の回復魔法は他のどの属性よりも早く怪我を癒すことができる。

 だからこそ、今のブレイブにはどんなダメージもないに等しかった。


「〝滅竜光刃!!!〟」

「チッ、滅竜剣までクソほど強化されてるじゃないか」


 ブレイブの攻撃をいなしきれず、頬の切れたスタンフォードは悪態をつきながらも冷や汗をかく。

 ブレイブの滅竜剣は光魔法と相性の良い剣を扱うことで大幅に強化されていた。


「やっぱり、俺は聖剣だったんだな……」


 ヨハンから授かった聖剣。それは扱った記憶がないはずなのに嫌なほどに手に馴染む。

 ブレイブは自分が聖剣だったという事実を受け入れつつあった。


「俺は世界をこの国を守るための剣……たかが学生の試合如きで負けちゃいけないんだ」

「たかが学生の試合如きだって?」


 ポツリと呟いたブレイブの言葉にスタンフォードは反応する。


「ふざけるなよ、ブレイブ・ドラゴニル!」


 スタンフォードの叫び声に、ブレイブから放たれる怒涛の斬撃の雨が止む。


「今、君と戦っているのは誰だ! 君は何者だ!?」


 確かに、今行われているのは学生同士の試合に過ぎない。

 しかし、スタンフォードは多くの者の思いや運命を背負ってこの戦いに臨んでいた。


 それに対してブレイブは、運命に翻弄されて自分の意思を手放し、聖剣としての運命という言い訳に身を任せようとしていた。


「僕はスタンフォード・クリエニーラ・レベリオン。君を超えて勝つためにここにいる!」

「スタン、フォード」

「自分で使いこなせない力に身を任せるな! 僕はブレイブ・ドラゴニルに勝ちたいんだよ! 断じて聖剣ベスティア・ブレイブじゃない!」


 スタンフォードが魔剣ルナ・ファイを天高く掲げて叫ぶと、頭上の雲から雷が落ちた。


「〝避雷針・急速充電ひらいしん・きゅうそくじゅうでん!!!〟」


 雷は魔剣に吸収されると、雷光を放つ魔剣が眩く光り輝き始める。

 同時に、スタンフォードの肉体にも変化が起きていた。

 雷を浴びたことによって肉体が活性化され、筋肉は隆起し、髪は青白く輝いて逆立っていたのだ。

 魔力を増幅させて出力する魔剣ルナ・ファイには、その逆の力も備わっている。

 すなわち、浴びた雷を魔力へと変換して増幅して使用者へ還元する力だ。


「踏み台上等! 君が僕を踏み台にして強くなるのなるのが運命なら受け入れようじゃないか」


 スタンフォードは先ほどとは別人のような速度と力で剣を振るう。

 それを真正面から受けたブレイブは舞台の端まで一気に吹き飛ばされた。


「だが、僕は君を跳ね上げてからその上に行くまでだ!」


 スタンフォードがそう叫んだとき、制服が切り裂かれて剥き出しになっていた肩から眩い輝きと共に王家の紋章である獅子の紋章が浮かび上がった。


「あっ……」


 その瞬間、ブレイブの体に纏わりついていた光の鎖が浮かび上がり、粉々に砕け散った。

 その現象が起こったのはブレイブだけではなかった。


「嘘、まさか……!」

「えっ、何々!?」

「私も?」


 控室から顔を出して試合を覗き込んでいたポンデローザ、マーガレット、コメリナ。

 そして、スタンフォード自身にも雁字搦めに巻き付いていた鎖が浮かび上がっては砕け散っていく。

 その現象に見覚えがあったポンデローザは目を見開いて言葉を零した。


「獅子のベスティア。あらゆる呪いや魔力を捻じ曲げる傲慢なる力……」


 原作においてスタンフォードが無理矢理覚醒させられて死に至る力。

 追加ルートにおいて、ようやくラスボス戦で正規に覚醒するはずの力だったはずなのだ。

 それをスタンフォードは原作度外視のタイミングで覚醒させたのだ。


「さあ、ブレイブ! 決着をつけようじゃないか!」

「ああ、そうだな……その前に一つ聞きたかったんだけどさ」


 ブレイブは憑き物が落ちたような表情を浮かべると、目の前に立つスタンフォードへと問いかける。


「俺達って親友だよな?」

「バーカ、誰が親友だ。君のことなんて嫌いだよ」

「そっか……ははっ、嫌いか」


 突き放すようなスタンフォードの言葉を聞いたブレイブは楽し気に笑った。


「じゃあ、嫌いな俺に負けたら最高に悔しいよな?」


 それは初めてブレイブが告げたスタンフォードに対する煽りだった。

 スタンフォードはそれを聞いて心底楽しそうに笑って告げる。


「絶対に勝つから問題ない!」

「上等だ!」


 戦いが激しさを増していく中、二人の表情には一点の曇りもなかった。

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