第118話 人ならざる者の運命


 ボロボロになりながらも何とか決勝へと進んだスタンフォード。

 そんな彼とは対照的に、体力も魔力もさほど消費せずに決勝へと進んだブレイブは浮かない顔で控室にいた。


「やあ、ブレイブ」

「……ヨハン」

「ひどい顔だね。とても滅竜魔闘で輝かしい戦績を残した男の顔には見えないな」


 ブレイブの控室へとやってきたヨハンはいつもと変わらない調子で続ける。


「すごい結果を残したんだから、もっと誇ればいいじゃないか」

「すごい結果なもんか。俺はただ目の前の相手を斬ることしか頭になかった。まるで自分が自分じゃなくなっていくみたいな感覚だった……」


 ブレイブは自分の両手を眺めて震えていた。

 まるで自分が自分でなくなっていくような感覚。それがどうしようもないほどに怖かったのだ。


 自分の肉体が成長しないことに疑問を抱いていた時期もあった。

 しかし、父親や妹をはじめ誰もそのことを指摘しなかったため、それが普通なのだと思っていた。

 王立魔法学園に入学することになるまでありとあらゆる情報を遮断されていたブレイブにとって、常識とはドラゴニル領内で教えられていたことだけが該当する。

 学園に入学してからもヨハンをはじめとする親切な人間達がいなければ、幼馴染であるアロエラ以外に友人ができることもなかっただろう。


「なあ、教えてくれヨハン。俺は何者なんだ?」

「何者か。それはまた難しいことを聞くね」


 ヨハンは苦笑しながらブレイブの問いにどう答えたものかと思案すると、静かに口を開いた。


「セルペンテ家に代々伝わっている言葉がある――聖剣が再び輝きを取り戻すときまで辛抱せよ」

「聖剣……」

「ボクは分家の出だけど、セタリア様を守る役目を授かっている。だから、いろいろと裏事情も知っててね」


 実際はセタリアの行動を監視し、逐一本家へ報告する密命を受けているのだが、そんな事情は話さずにヨハンは続ける。


「聖剣が文字通りの意味の武器ではないことを僕は知っていた。そして、ドラゴニル領が密かに力を失った聖剣を守る役割を持っていたこともね」

「っ!?」

「でも、詳しいことはボクにもわからない。おそらく本家なら知っているんじゃないかと思うけど、訊こうとしても許してもらえないんだよね。本家からすればボクもただの駒ってことさ」


 ヨハンの言葉に嘘はないと判断したブレイブは目を見開いたまま固まってしまう。

 ふと、記憶喪失で目覚めて間もない頃に父親が言っていた言葉を思い出した。


『ブレイブ、お前さんはいずれ自らの運命と向き合うことになる。刃の錆は落としておけ』


 そのときは何のことかわからなかったが、今になってその意味を理解することができた。


「親父……あんたが言いたかったのはこのことだったのか」


 ブレイブの父親はブレイブの正体を知っていて、それを隠さなければいけない立場にあった。

 だからこそ、あえて意味深なことを口にしたのではないかと思ったのだ。

 一人考え込んでいるブレイブに対して、ヨハンは淡々と告げる。


「僕の剣の流派は、セルペンテ家の分家であるルガンド家が長い時間をかけて脈々と受け継いできたものだ。いつか聖剣が目覚めたとき、少しでも早く力を取り戻せるようにってね」


 そう言って、ヨハンは自分の腰に差している鞘へと手を置いた。

 そこには美しい装飾が施された片手直剣が収められている。


「この剣は君の力が覚醒に近づいたときに渡すつもりだった」


 ヨハンはその柄を掴み、ゆっくりと引き抜く。

 刀身はまるで鏡のように美しく輝き、神々しい魔力を放っている。

 それを見た瞬間、ブレイブの脳裏にある無数の敵を切り伏せた記憶のみが蘇ってくる。


「どうかこの剣を受け取ってほしい」


 戦乱の世に数多の敵を屠り、聖剣の名を関する彼こそが持つべき剣だとヨハンは告げる。


「君は聖剣ベスティア・ブレイブ。この国の敵を斬るために生まれた人ならざるもの。ボクは君の力が目覚めるのをずっと待っていたんだ」


 ヨハンの言葉にブレイブは愕然とした。

 学園に入ってからいろいろと世話を焼いてくれた親友は家の命令があって自分を助けてくれていた。

 その事実がどうしようもなく悲しかったのだ。


「そうか……」


 その言葉を聞いたブレイブは立ち上がると魔剣ソル・カノルを置き、ヨハンから受け取った剣を腰に差して舞台へと向かう。


「最後に一つだけ教えてくれ」


 戦いに赴く前に気になることは片付けなければならない。

 そう思ったブレイブは足を止めてヨハンへと問いかける。


「俺達って親友だよな?」

「ああ、もちろんさ」


 その答えにヨハンは満面の笑みを浮かべて答えるのであった。

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