第117話 お互いの仕事
当初の予想をひっくり返し、スタンフォードは見事にルーファスから勝利をもぎ取った。
まさかの結果に観客達は大いに沸いていた。
目の前で不可能だと思われていた結果を掴み取ったのだ。たとえスタンフォードの人気が低くとも盛り上がらないわけがなかった。
そして、何よりスタンフォードが変わろうと努力していたことは周囲も薄々気づいていたのだ。
ただ、今までのスタンフォードの行為よって被害を被った者達は手のひらを返したように彼に擦り寄ることに抵抗があった。
「スタンフォード殿下、すごかったよな」
「うん、あんなにボロボロになってる殿下なんて初めて見た……」
「スタンフォード殿下! かっこよかったです!」
魔力も肉体も限界まで酷使したボロボロのスタンフォードへと惜しみない拍手と喝采が送られる。
今の彼を見て、誰が〝王家の面汚し〟などと罵ることができようか。
王家の外套は切り裂かれ、制服も襤褸切れのようになった。
自慢の金色の髪と端正な顔は血と土埃に塗れている。
しかし、その姿はこのうえなく王族としての誇りに満ち溢れていた。
「スタンフォード、見事な戦いであった」
「父、上……」
朦朧とする意識の中、スタンフォードは来賓席にいる父親へと目を向ける。
目が霞み、表情などわかりはしないが褒められているということだけは理解できた。
無言で頭を下げると、スタンフォードはそのままルーファスの元へと歩み寄る。
「僕の勝ちです」
「ああ、気持ち良いくらいの完全敗北だ!」
ルーファスは心底楽しそうに笑うと、自力で立ち上がりスタンフォードの前に跪いた。
「これより我が身はあなたの剣となり、立ち塞がる全てを切り伏せましょう」
忠誠の言葉を述べるルーファスの肩をスタンフォードは剣で叩く。
「君の働きに期待している」
こうしてルーファスは約束通りスタンフォードの臣下となった。
その光景にまた観客達が盛り上がる。
「じゃあ、僕は治療を受けてくるから……」
スタンフォードは観客達の歓声を浴びながら控室へと戻っていく。
昔のスタンフォードならば歓喜していた状況だというのに、その表情は一切緩んでいなかった。
どんな死闘を制したとしても、スタンフォードにとってここは通過点でしかない。
ボロボロの肉体を無理矢理動かして控室へ入ると、既にコメリナとマーガレットが治療の準備をしていた。
「どうして、ラクーナ先輩まで?」
「ブレイブ君は準決勝を無傷で突破しちゃったから、重症のスタンフォード君の治療を手伝った方がいいと思ってさ」
「ははっ、心、強いです……」
そのまま意識を手放して倒れ込んだスタンフォードをすかさずコメリナが受け止めた。
「メグ先輩、急いで準備。殿下、やばい」
コメリナはスタンフォードの容態を見て顔色を変えた。
「試合の最後の方はもう外傷を治すことに魔力を裂けなかったから裂傷や骨折が酷いし、短時間で過剰に魔法を連続しようしたことによる魔力欠乏症も発症してる。出血量もギリギリだし、このまま放置していたら命に関わるから、とにかくメグ先輩は急いで治癒魔法を全開でかけてください。そのあとの微調整は全部私がやります」
「う、うん、わかったよ」
無口なコメリナが矢継ぎ早に指示を出したことに困惑しながらも、マーガレットは光魔法を全開で発動させる。
「〝
マーガレットは一瞬の内に外傷を全て治し、さらには肉体の治癒能力を引き上げた。
「さすがメグ先輩」
水の治癒魔法では到底再現不可能な治癒魔法を目の当たりにしても、コメリナは動じることなく真剣な表情でスタンフォードの容態を確認して、魔力回復ポーションの点滴を準備していた。
「何で、魔力が回復しない……!?」
点滴を打っているというのにスタンフォードの魔力は一向に回復する気配を見せない。
ポーションはまるでストローで吸っているかのように急速に消えていく。
そのあまりにも異様な光景にマーガレットも絶句している。
「コメリナちゃん、これってどういうこと?」
「たぶん魔力欠乏症のせい。体内の魔力少ない状態で無理に魔力生成したつけ」
魔導士は長時間魔力が少ない状態にあると肉体に異常をきたし、最悪の場合は死に至る。
本来ならば魔力は体内でも生成されるため、自動的に回復していくものだ。
しかし、スタンフォードは魔力が空に近い状態で無理に魔力を絞り出していたため、魔力の生成機能がおかしくなってしまったのだ。
「どうしよう、私は魔力を回復させられないし……」
「問題ない。私、何とかする。メグ先輩、点滴続けて」
コメリナは額に汗を浮かべながら、スタンフォードの体内に治癒魔法をかけていく。
外傷は全て治った。
問題は魔力を生成する機能がまともに動いていないことと、出血多量による血液不足だ。
「〝
幸いなことに、コメリナはスタンフォードの妹で水属性の魔力を持つフォルニアの血液を解析している。
自分の水魔法の魔力を雷魔法に変換し、スタンフォードの魔力を含んだ血液を作り出すことも可能なのだ。
「魔力生成機能治った。でも、まだ足りない……」
スタンフォードの魔力欠乏症はコメリナの治癒魔法によって治った。しかし、血液はまだ不足していた。
コメリナはそこで自分用に調合したポーションを自身に注射すると、スタンフォードの首筋に噛みついた。
「コメリナちゃん!?」
突然の奇行にマーガレットは目を見開くが、コメリナは構わず続ける。
「全魔力解放……〝
コメリナは自身の体内の血液をスタンフォードの血液へと変換すると、首筋から生成した血液を注ぎ込んだ。
すると、顔色に血色が戻ったスタンフォードが瞼をゆっくりと開いた。
「……あれ」
「スタンフォード君、良かった! 目を覚ましたんだね」
「あはは、まだ体は重いですけど」
スタンフォードは自分が重症から回復できたことに安堵しつつ、功労者であるコメリナに視線を向けた。
「殿下、治って良かった……」
コメリナは地面に蹲り、頭を抑えながら力なく笑っていた。
その顔からは血の気が引いており、彼女が酷い貧血状態にあることは誰が見ても明白だった。
「コメリナ!? 大丈夫か!」
「私、いい。それより、ごめん。魔力全回復できなかった」
重症だったスタンフォードをここまで回復させただけでもすごいというのに、コメリナは申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「私、魔力少ない。殿下、魔力半分くらいしか戻らなかった。ごめん……」
コメリナは守護者の家系の者にしては著しく魔力が低い。
そのため、王族であり魔力量が膨大なスタンフォードの魔力を完全に回復させることができなかったのだ。
「ありがとう、コメリナ。それにラクーナ先輩も」
スタンフォードは立ち上がると、軽く腕を回して体の調子を確かめる。
「これなら戦える」
スタンフォードは満足げに頷くと、振り返らずに告げる。
「舞台に立てる状態にするのが君の仕事だ。そして――舞台の上で勝つのが僕の仕事だ」
たとえ相手が世界の修正力によってバケモノ級の強さに引き上げられたブレイブだろうと、今のスタンフォードはまるで負ける気がしなかった。
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