第111話 〝負けないで〟ではなく〝勝って〟


 予選を突破して本戦出場が決まったスタンフォードだが、当初の予定よりも大幅に魔力を消耗してしまった。


「ガーデルには感謝しなくちゃいけないな……」


 予定が狂ったのにも関わらず、スタンフォードの表情は明るかった。

 ガーデルが良からぬことを考えていると警戒してはいたが、予選での出来事はスタンフォードにとって必要なことだったのだ。

 自分の愚かさを決して忘れてはいけない。そのことを強く認識できたからだ。


「殿下、お疲れ。すぐ治療する」

「コメリナ、悪いね」


 試合が終わったスタンフォードの元にコメリナが駆けつける。

 コメリナもスタンフォードの試合を陰から観戦しており、内心気が気じゃなかったのだ。


「いきなり切り札使うと思わなかった」

「あの場面じゃ、ああするしかなかったからね」


 スタンフォードの新技〝硬雷魔剣〟はルナ・ファイによって増幅した雷の魔力を斬撃へと変換して刃のように出力する大技だ。

 消費魔力はルナ・ファイによる魔力増幅のおかげで意外とコスパは良いが、他の魔法に比べれば魔力消費が多い。


「でも、安心する。殿下用魔力ポーションたくさん用意した」


 コメリナはスタンフォードに治癒魔法をかけながらも得意気にガラスの瓶を取り出した。

 これはコメリナが調合したスタンフォードの血液から抽出した魔力を凝縮したポーションである。

 ちなみに、魔力回復ポーションは持ち込み可とされているが、一般的な魔力ポーションは回復量がイマイチだ。

 そのため、他の出場者達も基本的には魔力は節約する方針で戦っている。


「僕だけ魔力も回復できるっていうのはズルな気がしないでもないけど、手段は選んじゃいられない。本戦にはブレイブもルーファス様もいるんだ」

「ルール違反してない。問題あるのはルール」

「何だろう、余計にズルしてる気がしてきた……」


 ふてぶてしいコメリナの言葉にスタンフォードは深いため息をつく。

 一通り治療が終わると、コメリナは注射器にポーションを移してスタンフォードへと注射していく。

 この方法の方が経口摂取よりも魔力回復効率が良いのだ。


「しっかし、注射もうまいなんてすごいね。普通、治癒魔導士は魔法をかけて回復させるから医療技術はからっきしってパターンが多いのに」

「自分の血抜くとき使ってた。メグ先輩にも負けない」

「ラクーナ先輩は元々平民出身で診療所の手伝いしてたんだっけか」


 ふと、スタンフォードはマーガレットの生い立ちに考えを巡らせる。

 マーガレットは、ポンデローザから聞かされていたBESTIA HEARTの主人公の通りの生い立ちであり、入学の経緯も同じだった。


 しかし、BESTIA HEARTとは違ってマーガレットはラクリアの転生体ではなかった。

 本来、セタリアとマーガレットが同時に存在する時点でマーガレットがラクリアの転生体で確定のはずだったが、実際は違った。


「ラクーナ先輩って、この世界にとって一体どういう存在なんだろうな……」


 当初こそ当て馬同盟の作戦のために恋愛せざるを得ない相手ではあったが、今では尊敬する優しい先輩だ。

 そんな彼女が一体どういう存在としてこの世界に存在しているか気になったのだ。


「殿下、アロエラのこと聞いた」


 スタンフォードが考え込んでいると、唐突にコメリナが話題を振ってきた。


「ああ、臣下になったって件かい?」

「私、アロエラから聞いた」


 コメリナがアロエラが臣下になった件について尋ねてきただけだと思い、スタンフォードは経緯を説明しようとした。


「そうか。実はアロエラが突然臣下になりたいって言ってきてね。苦手な相手だと思ってたけど話せばわかる方だったし、あんな誠実な態度と覚悟を見せられたら臣下にするしかないなぁって思ってさ――」

「アロエラから聞いた」


 しかし、その言葉はコメリナによって遮られた。


「えっ、うん」

「ア・ロ・エ・ラ・か・ら・聞いた」


 同じ言葉を繰り返すコメリナに困惑していたスタンフォードだったが、よくよく顔を見てみればコメリナは不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「も、もしかして怒ってる?」

「怒ってない。私、怒らせたら大したもの」

「えぇ……」


 スタンフォードの脳裏に〝キレてないっすよ〟というモノマネ芸人のフレーズが過ぎるが、すぐに頭を振って小太りのモノマネ芸人を脳内から追い出す。

 スタンフォードは冷静に頭を整理する。

 まずコメリナは間違いなく怒っている。

 原因として考えられるのは、アロエラが臣下になった件だ。

 数少ない友人であるアロエラが臣下になったことで友達を取られた気分になっているのだとスタンフォードは推測した。


「えっと、臣下にしない方が良かったかい?」

「別にアロエラ決めたこと。文句ない」


 しかし、スタンフォードの言葉にコメリナは首を振ってさらに頬を膨らませた。

 そこでスタンフォードはもう一つの可能性に思い当たる。


「えっと、コメリナも臣下になるかい?」

「ならない!」


 今度はかなり強い否定が返ってきた。

 コメリナの頬はどこまで膨らむのかというくらいに膨らみ、スタンフォードはリスみたいで可愛いなと心の中で思った。


「えっと、何かごめん」

「別に」


 スタンフォードの謝罪にもコメリナはそっぽを向いてしまう。


「と、とにかく本戦も頑張るよ」


 このままこの話をするのは良くないと感じたスタンフォードは誤魔化すように話題を変えた。


「それじゃ、僕は本戦の準備があるから」

「待って」


 逃げるように立ち上がって控え室を出ようとしたスタンフォードの制服の裾をコメリナが掴む。


「殿下、ルーファス様強い」

「ああ、嫌になるほど知ってるよ」

「ブレイブも強い」

「そっちも嫌になるほど知ってるよ」


 スタンフォードは二人の強さを嫌というほどに思い知っている。

 不安がないわけではない。それでも勝たなくてはいけない。


 どこか気負っているスタンフォードへ、コメリナは静かに告げる。


「本戦、全部本気で大丈夫。ここに戻ってくれば必ず治す」

「コメリナ……」

「絶対勝って」


 コメリナはスタンフォードの正面に立つと、力んで握り締められた拳を優しく解いて勲章を乗せた。


「これ、お守り」

「これって君の宝物なんじゃ……」


 その勲章はコメリナにとって自身が優秀な人間である証であり、彼女にとってとても大切な物だった。


「だから渡す」

「まいったね、こりゃ……」


 コメリナが自身の宝物である勲章を渡した。

 それを受け取ったスタンフォードは、また一つ勝たなくてはいけない理由ができた、と笑顔を浮かべた。


「絶対に勝つよ」

「うん、知ってる」


 コメリナからの絶対的な信頼の言葉を受け、スタンフォードは王家の外套を羽織って本戦の舞台へと向かうのであった。

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