第98話 自分の意思

 滅竜魔闘女子の部決勝戦。

 一流の女性魔導士を決める戦いを前に、セタリアは控え室で集中力を高めていた。

 彼女にとってこの一戦は落とせない大事な一戦だった。


「セルペンテ家も無茶を言いますね……」


 先程、分家の出身であるヨハンを通じて本家から連絡があったのだ。

 この一戦、セルペンテ家の名誉のためにも成り上がり貴族の娘に負けることなどあってはならぬ、と。


 セタリアは生まれからずっと本家の方針に従ってきた。

 この国の第二王子であるスタンフォードと婚約を結んだのも本家の地位向上のため。

 創世記から野心家として暗躍してきたセルペンテ家は歴史上何度も王族と婚姻を結んで権力を強めてきた。

 元ある力を使って家を大きくした公爵家がヴォルペ家だとしたら、セルペンテ家は他者をとことん利用して成り上がった家だった。

 セタリアもそんな権力に取り付かれた家の道具として生きてきた。


 自分を殺して本家の意向のままに動けばいい。ブレイブと出会うまではそう思っていた。

 セタリアとブレイブが出会ったのは、王立魔法学園の入学式のときだった。

 初めて校舎を訪れ、道に迷っている彼を見つけたとき、初めて心が高鳴るのを感じたのだ。


『……またいつか、あなたと会えると信じてる』


 その瞬間、見たことがないのにどこか懐かしい景色が頭に浮かんできた。

 話を聞けば、ブレイブにもそういう光景が見えるときがあるとのことだ。

 きっと自分達の出会いは必然だ。

 そんな運命的なものをセタリアは感じていた。

 ブレイブと行動を共にする時間が増えてからは、あまり関わりのなかったヨハンがやたらと自分達の仲を冷やかしてくるようになった。

 ヨハンは諜報に長けており、学園での自分を監視して本家に報告するために学園に通っているということもセタリアは理解していた。

 だからこそ、婚約者であるスタンフォードと最低限のやり取りしかせず、ブレイブと仲良くしている自分を肯定しているヨハンの動きは理解できなかった。


「よっ、リア」


 セタリアが思考に耽っていると、控え室の扉が開いてブレイブが入ってきた。


「ブレイブ、どうかしたんですか?」

「いや、激励にきたんだ」


 ブレイブはいつものように快活に笑う。

 その笑顔を見ていると、また覚えのない記憶が蘇りそうになるのをセタリアは感じた。


「スタンフォードも誘ったんだけど、断られちゃってな」

「殿下はフォルニア様のお相手がありますからね」


 思えばスタンフォードも大分丸くなった。

 高等部に進学してからのスタンフォードの様子を思い出してセタリアは笑みを零す。

 自己中心的で自惚れの強い婚約者の周囲には、いつの間にか自分だけではなく大勢の人間が集まるようになった。

 ただの政略結婚の道具として動いていた自分はきっと彼の成長の邪魔になっていたのだろう。

 周囲はスタンフォードがセタリアの婚約者として相応しくないと揶揄するが、セタリアは逆のことを思っていた。


 自分こそ、スタンフォードの婚約者に相応しくない。


 だから、いつかスタンフォードにとって、かけがえのない女性が現れたときは自分から婚約破棄を申し出るつもりだった。


「ブレイブ、私はこの試合に勝ちます」


 セタリアは成長し、自分に対して真っ直ぐに向き合ってくれたスタンフォードに敬意を払って決意を決める。


「おう、応援してるよ」

「感謝します」


 自分の意思で勝利を掴み取る。


 たとえスタンフォードの目的を邪魔しようとも、それが彼に対する最大の敬意を示すことになるのだとセタリアは考えていたのであった。

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