第64話 ルドエ領の千年樹
午前は領内の調査、午後からはルーファスとポンデローザによる鍛錬。
このサイクルを繰り返したことで、一年生組の三人は確実に成長していた。
ポンデローザに関しては、もう三人に押され始めているくらいである。
「まさか、ステイシーと一緒に調査することになるなんてね」
「異形種が出ても十分対処できるからとはいえ、思い切った判断ですよね」
「いざというときの連携の練習も兼ねてはいるだろうけどね」
一年生組の三人が強くなったことで、調査の組み合わせは安全重視から連携重視に変更になった。
二人組は連携の基礎でもある。
数日の調査を経て異形種はこの地に出現しないという判断になったこともあり、ルドエ領での調査はより修行染みたものになってきていた。
「それにしても、今のステイシーなら学年上位も狙えるんじゃないか?」
「どうでしょう……私単体での戦闘力はそこまで高くありませんから」
ステイシーはこの数日で飛躍的に戦闘力を上げていた。
実践で魔物を相手にするよりもはるかに高度な鍛錬によって、肉体だけではなく魔法の練度も急激に上昇した。
「ジャッチ君やガーデルと戦えばまだまだ手も足も出ないと思いますよ」
「あの二人は名門の出だからなぁ」
スタンフォードは、コメリナと共に調査に出向いている友人と臣下の顔を思い浮かべる。
二人共、影は薄いが実力だけは学年で上位に食い込むほどの魔導士なのだ。
魔導士の血が薄いステイシーが数日の鍛錬で抜かせるほど甘くはない。
「校外演習が終わってからは、ジャッチ君には個人的な鍛錬に付き合ってもらったりしていたので、実力の差は痛いほどに痛感させられます。やっぱり遠距離攻撃ができないのは魔導士として痛手ですね」
「ステイシーはパーティを組むこと前提の魔法だからな。ていうか、ジャッチとは仲良いんだね」
「ええ、彼は見た目は怖いですけど優しい人ですから」
「仲良くやってるようで良かったよ。ガーデルは……聞くまでもないか」
ジャッチには君付けしていてガーデルが呼び捨ての時点で、ステイシーとの仲は聞くまでもないことだった。
ステイシーが複雑そうな表情を浮かべていたため、どう話題を変えたものかと思案していると、前方からスタンフォードが面倒を見ているポンデローザのペットのぼんじりが飛んできた。
「クルッポー!」
「ぼんじり?」
ここ数日、ぼんじりはルドエ領内を自由に飛び回っており、就寝の時間になるといつの間にかケージの中に入っているということを繰り返していた。
自然豊かなルドエ領で文字通り羽を休めているのだとスタンフォードは思っていたが、現在のぼんじりはどこか興奮状態になった。
「どうしたんだよ」
「クルッ! クルルッ!」
「あっ、おい!」
ぼんじりは器用に翼で森の奥を差すと、再び飛び立つ。
ぼんじりは知能の高い鳩だ。嫌いな相手に嫌がらせをすることはあっても、スタンフォードに対して意味のないアクションを起こすことはそうそうない。
「ステイシー、ぼんじりが何か見つけたらしい。追うぞ」
「わかりました」
何か意味があるのだと感じたスタンフォードは、ステイシーと共にぼんじりの後を追った。
それからしばらくぼんじりを追いかけて走っていると、森の中で開けた場所に到着した。
そこには一本の大樹が聳え立っていた。
「あっ、ここって……」
大樹の前に立ったステイシーは、何かを思い出したように辺りを見回した。
「何か知ってるのかステイシー?」
「はい、これは千年樹です」
大樹の幹に触れると、ステイシーはどこか懐かし気に語りだした。
「ルドエ領にはご神木として大切にされている大樹があって、千年樹と呼ばれているんです。小さい頃、嫌なことがあったりすると何度もここにきていました」
「小さい頃って……魔物とか大丈夫だったのか?」
「あはは、硬化魔法があれば怪我をすることはありませんでしたから」
ステイシーは生まれつき魔法が使えたため、幼い頃から領内に住まう魔物の駆除にも参加していた。
ルドエ領には強い魔物がいないこともあり、ステイシーは特に大きな怪我をすることもなく領内を自由に歩き回っていたのだ。
「この大樹はレベリオン王国建国時の千年前から生きていると言われているんです。それでルドエ領ではこの大樹をご神木として扱っているんです」
「千年か。そいつはすごいな」
図らずも歴史ある場所に来たことで、スタンフォードは興味深そうに千年樹を眺めた。
気分は世界遺産に来た観光客である。
「クルル!」
「ぼんじり、何か見つけたのか?」
スタンフォードが千年樹の周囲を歩いていると、ぼんじりが興奮したように地面をつついていた。
「そこに何かあるのでしょう――あ痛たた!?」
不思議そうにステイシーが地面を覗き込んでいると、ぼんじりは突然ステイシーの左手をついばんだ。
「こら、ぼんじり!」
「うぅ、痛い……せめて掌にしてください」
相手がぼんじりだったこともあり、ステイシーは硬化魔法をかけなかった。
そのため彼女の手の甲からは血が滴り、ぼんじりがつついていた地面に数滴の血が落ちた。
「マジでごめん……」
「いえ、この程度の傷は大したことないですから……〝
苦笑しながらステイシーはついばまれた左手のみに硬化魔法をかける。
すると左手が岩のように隆起し、あっという間に血が止まった。
「結構便利だよな、硬化魔法」
「地味ですけどね――って、えぇ!?」
スタンフォードが硬化魔法に関心していると、突然ぼんじりがつついていた地面が光だして大きな穴が開いた。
「「うわぁぁぁぁぁ!?」」
突然地面が消失したことにより、スタンフォードとステイシーはそのまま成すすべもなく穴に落ちていくのであった。
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