第52話 棚ぼた新技獲得
それから二人は長期休暇中も解放されている食堂へと向かった。
珍しい組み合わせのため、席に着いた二人を興味深そうに周囲の生徒達が眺めてきたが、コメリナは毛ほども気にしていなかった。
「何、教えて欲しい」
無駄なことが嫌いなコメリナは単刀直入に尋ねる。
それに対して、スタンフォードは予め用意していた返答を口にした。
「治癒魔法についてだ」
「治癒魔法。殿下、使えない」
「理論を応用したいんだ。僕の魔法は運用方法が独特でね。自分の知識だけで運用するには限界があるんだ。そこで、治癒魔法では右にでる者はいない君に魔法の運用方法について学べば自分の魔法に応用できるんじゃないかと考えたんだ」
魔法には基礎的な運用理論があり、そこから属性ごとに様々な運用理論がある。
しかし、属性ごとに運用が違うと言っても共通している部分はある。
生徒の中にはお互いに違い属性でも、お互い属性魔法の運用理論を教え合ってそれを参考に自己流の魔法理論を確立していく者も多く存在している。
スタンフォードの言葉に納得したコメリナは、まず自分の教える理論に無駄がないか確認をするためにスタンフォードの魔法運用理論を尋ねることにした。
「殿下の魔法運用、教えて」
「もちろんさ」
待ってましたとばかりに、スタンフォードは自分の魔法運用理論を丁寧に説明した。
スタンフォードの説明が終わると、コメリナは渋い表情を浮かべて頭を抱えることになる。
「体内の電気信号、磁力の操作……殿下、無茶苦茶」
「やっぱり問題あったかい?」
「違う。殿下、特殊過ぎる」
スタンフォードの魔法には科学知識を応用したものが多く存在する。
魔法と科学の融合。それはコメリナにとって理解できなくはないが、とても難解なものだった。
「すまない、説明がわかりづらかったかな?」
「殿下、悪くない。難しいだけ。理解はできた」
コメリナは悔し気に呟いた。
下に見ていた者が自分よりも優れており、教えを請われたのに力になれそうにないなど思ってもみなかったのだ。
「えっ、今まで誰も理解できなかったのに、君は理解できたのかい!?」
しかし、そこでスタンフォードはすかさずコメリナを持ち上げにかかる。
「うん、だいたいだけど」
「やっぱり君に相談したのは間違いじゃなかったよ。他の連中は首を傾げるだけで、欠片も僕の魔法運用を理解してくれなかったからね」
「そういえば……」
コメリナには心当たりがあった。
スタンフォードは事あるごとに自分の魔法をひけらかすように自慢して、それを理解できない周囲から顰蹙を買っていた。
実際はスタンフォードが説明する気のない自慢をしていただけなのだが、コメリナはそこまで細かくスタンフォードのことを見ていなかった。
「僕の成長には君が不可欠だ。どうか力を貸してくれないか?」
「二言はない。任せる」
プライドが高く周囲を見下している人間が自分の実力を認めてくれている。
その事実にコメリナは僅かに口元を綻ばした。
「治癒魔法理論の応用じゃないけど……殿下の理論、電気信号操作が使えそう」
「というと?」
「肉体のリミッターが外せる。なら細胞分裂、促進することもできるはず」
「えっ」
スタンフォードはコメリナの発想に絶句する。
丁寧に説明したとはいえ、知識のない人間が一度聞いただけの知識から導けるようなレベルのものではなかったからだ。
コメリナは口を開けて呆けているスタンフォードの反応を見て満足げに笑った。
「治癒魔法、理論似てる。ある程度体の仕組み、実験したから理解できる」
治癒魔法は怪我を直す魔法だ。
幼い頃から実践的に鍛練を積むには、診療所などで手伝いをするなどが一般的だが、コメリナはもっと手っ取り早い方法を取っていた。
自分自身を傷つけ治癒する。その後の経過や体感での変化など、彼女は狂気的とも言える方法で治癒魔法の鍛錬を積んでいた。
研究者気質ということもあり、コメリナはスタンフォードの日本で得た科学知識をうまくかみ砕いて自分の中で消化していた。
「なるほど、努力を怠らず鍛錬を積んで、知識も蓄えるだけじゃなく実践して試す探求心。そこからくる理解力に関して、間違いなく君の右に出る者はいないね」
「それほどでもある」
素直に感心するスタンフォードの言葉に、コメリナは誇らしげに胸を張った。
「早速試してみる」
「えっ」
怪し気に目を光らせると、コメリナはテーブルの上のナイフを手に取った。
「ちょうどナイフある」
「待って待って、ちょっと待とうか」
スタンフォードの背筋に冷や汗が流れる。
そのまま放っておくと切り刻まれそうだったため、スタンフォードは慌ててコメリナを諫めた。
「落ち着いてくれ。先に理論を聞かないと魔法も発動できないよ」
「ごめん、先走った」
スタンフォードの言葉を聞いて正気に戻ると、コメリナは自分の考えた魔法運用について説明した。
「手順、リミッターを外すときと同じ。電気信号、操作して細胞分裂を促進する。それだけでいいはず」
「わかった。試しにイメージしてみるよ」
スタンフォードはコメリナの言った通りに魔法が発動できるか試してみた。
今は怪我をしていないが、感覚的に魔法が発動できることは理解できた。
「うん、これなら発動できそうだ」
「はい、ナイフ」
「そんなキラキラした目で刃物を渡してきたのは君が初めてだよ……」
大人しい普段の姿とは打って変わって、コメリナは目を輝かせて身を乗り出してきている。
そんな彼女に呆れながらも、スタンフォードは掌をナイフで軽く切った。
「〝
そして、魔法を発動するとあっという間に傷口が塞がった。
「できた……! できたよ! すごい!」
コメリナの精神的フォローをするだけのつもりが、有用な魔法の会得に繋がった。
スタンフォード自身、この魔法を会得できたことはまさに棚から牡丹餅だった。
元々攻撃方面ばかりに目が行っていたスタンフォードにとって、これは大きな進歩だったのだ。
「ありがとう! やはり君に相談して大正解だったよ!」
「うん、うん……! 良かった! それと……」
コメリナはスタンフォードが新たな魔法を会得したことを自分のことのように喜び、今度はお願いをしてきた。
「殿下の理論、水魔法に応用できる。もっと教えてほしい」
「僕の知識で良ければ喜んで」
「ありがとう」
お礼とばかりにスタンフォードは水や液体に関する科学知識を知っている限りコメリナに話した。
メモを取りながら真剣にスタンフォードの話を聞いていたコメリナは、一通り説明を聞き終えると突然跳ね上がるように立ち上がった。
「はっ……!」
「ど、どうしたんだい?」
突然様子の変わったコメリナにスタンフォードは恐る恐るといった様子で声をかける。
「……水魔法で血を作れば、光魔法の治癒魔法と差別化ができる。光魔法の治癒じゃ失った血や魔力は回復しない。もしそれを回復できれば、私の治癒魔法はまだまだ進化できる。でも、血液型をどう判別すればいい? 全部のパターンを記憶して血液型ごとに運用理論を組む。ダメ、それじゃ効率が悪い。ベースの運用理論は変えずに血液型を判別して、相手に合った治癒魔法を作るなら判別を即座にできるように変える? 一番の問題は血液型の判別方法。水魔法で作った血液での輸血で副作用を避けるためには必須。また実験で血液型を判別する方法を探す必要がある……」
しかし、スタンフォードの声は既にコメリナには届いていなかった。
「殿下、ありがとう。私、もっと上に行く」
「あ、ああ、僕も力になれたようで何よりだよ」
コメリナは、生徒会メンバーに推薦されなくて落ち込んでいたのが嘘のように目を輝かせていた。
新たな知識と自分の魔法を高められる可能性という希望。
それはコメリナの心に巣食っていた闇を晴らしてくれたのだ。
新しいおもちゃを与えられた子供のような笑顔を浮かべて駆けていくコメリナを見て、スタンフォードは笑顔を浮かべた。
「もっと愚痴とか聞いたり、いろいろしようとは思ってたけど必要なさそうだね」
この様子ならばコメリナは自分の努力が評価されないと心を曇らせることもない。なぜならば、今の彼女はさらなる高みを目指して研鑽することしか頭にないからだ。
これからのコメリナは間違いなく心強い戦力になってくれる。
そう確信したしたスタンフォードは、自然と口元が綻ぶのであった。
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