第12話 ポン子の乙女ゲー理論

「そんなことより、そっちはどうなんだよ」


 先ほどから自分の方ばかり近況報告をしていることに気がついたスタンフォードは、ポンデローザにも近況報告をするように催促した。


「あたしはいたって順調よ。ハルバードとの関係も良好だし」


 ポンデローザとハルバードは表向きはお似合いの二人と噂になっている。

 次期国王に相応しいと評判のハルバード。

 貴族令嬢の鑑と言われているポンデローザ。

 二人はまさに理想の貴族の婚約とまで言われていた。

 ハルバードもポンデローザもお互いに恋愛感情はなく、あくまで未来の同僚というようなビジネスライクな関係ではあるのだが。


「順調って言われてもな。ゲーム内のポンデローザってどんな奴だったんだ?」


 スタンフォードはベスティアシリーズに対して知識がない。

 ストーリーの流れこそ聞いたが、具体的に登場キャラクターがどのような人物だったかまでは知らなかったのだ。


「よく少女漫画にいる感じのちょっと意地悪な貴族令嬢って感じね。取り巻きが二人いて、ファンからはよく〝三バカ令嬢〟って呼ばれてたわ」

「あー、それこそ悪役令嬢みたいな奴か」


 ネット小説などでよく見かける〝悪役令嬢モノ〟では、少女漫画や乙女ゲームの主人公をいじめ、ラストで没落する悪役令嬢に転生してしまった主人公がゲーム知識を生かして没落を回避したり、没落後の生活のために奮闘する。

 ポンデローザの状況を考えれば、まさに〝悪役令嬢〟に転生してしまったと言える状況だろう。

 スタンフォードが一人納得していると、ポンデローザは静かに怒気を発していた。


「……今、何て言った?」

「よくいる悪役令嬢みたいな――」

「乙女ゲームには悪役令嬢なんていないわよ!」


 スタンフォードの言葉を遮り、ポンデローザは魂から振り絞ったような叫び声を上げた。


「アニメ化されてる作品もあるし、悪役令嬢って言ったら大体こういうキャラかー、って思い浮かぶと思うんだが」


 ライトノベルやネット小説をよく読んでいたスタンフォードにとって、悪役令嬢は馴染み深い単語だった。


「でも、具体的なキャラ名は出てこないでしょ?」

「言われてみれば……」


 スタンフォードは前世で姉から乙女ゲームを借りてプレイしたときのことを思い出す。

 すると、不思議なことに所謂悪役令嬢のキャラクターは思い浮かばなかった。

 乙女ゲームに悪役令嬢はいない。では、どこから出てきたのか。

 そんなスタンフォードの疑問に対して、ポンデローザ丁寧に説明を始めた。


「大体、主人公以外の主要女性キャラは親友かライバルになることはあっても、悪役になることはないわ。だから、明確な悪意を持って主人公を陥れようとした結果、破滅するライバルキャラなんていないの。大体、悪役令嬢ってなによ。中世ヨーロッパ風の世界多すぎるでしょ。乙女ゲームは現代が舞台だったり、歴史モノの方が多いわよ!」


 語気を荒げ、唾を飛ばすという、淑女にあるまじき姿を晒しながらも、ポンデローザは熱弁し続ける。

 原作におけるポンデローザはライバルキャラという立ち位置だ。

 しかし、昨今の悪役令嬢ブームもあり、よく原作を知らない人間からは悪役令嬢という風に誤解されることが多かった。

 原作のポンデローザをキャラクターとして気に入っていたこともあり、ポンデローザは悪役令嬢という言葉を毛嫌いしていたのだ。


「乙女ゲームってのはね、世界観の作り込みが凄いのよ! 中世ヨーロッパ風の世界観だったら、ただ恋愛するだけじゃなくて、世界が破滅するのを救えるのは主人公だけ! みたいな壮大なストーリーがあってしかるべきなのよ!」

「じゃあ、BESTIA HEARTって珍しい方なのか」

「はぁ!? あんたBESTIA HEART侮辱するとか万死に値するわよ!」

「うおっ⁉︎」


 中世ヨーロッパ風の世界観の方が少ないのなら、ドファンタジーなBESTIA HEARTは珍しい方なのか。

 その意図を〝珍しくストーリーが壮大ではない乙女ゲーム〟という意味に受け取ったポンデローザは、スタンフォードに詰め寄った。


「BESTIA HEARTは、すごいのよ! ストーリーの壮大さ、伏線の仕込み方、どれをとってもめっちゃ面白いのよ! あたしの中で神ゲーランキング一位のゲームなの!」

「顔が近い近い! ち、違うって! 中世ヨーロッパ風の世界観なのが珍しい方なのかって意味だよ!」

「あ、そっちか。ごめん」


 誤解が解けた途端、ポンデローザの顔に浮かび上がっていた激情は消え、あっさりとスタンフォードへ謝罪する。


「し、心臓に悪い……」

「とにかく、乙女ゲームにおいて恋愛成就はゴールじゃないの。簡単に人が死ぬような世界観なら生き残ることがゴールだし、音楽系の世界観ならコンクールに優勝することがゴール、他にも呪いをかけられた攻略対象の呪いを解くだとか、そういったことがゴールなの。攻略対象と結ばれるのは、ストーリーの中で自然と恋に落ちていった結果であって、目的ではないのよ」


 熱く語り続けるポンデローザを見て、スタンフォードは心に誓った。

 ポンデローザに乙女ゲーム関連の話題を振るのはやめておこう、と。


「乙女ゲームって奥が深いんだな」

「そうなのよ! やっとわかった!?」

「だから、顔が近いって……」


 再び興奮して顔を近づけてきたポンデローザからスタンフォードは距離をとる。


「とにかく〝悪役令嬢〟って言葉は、原作のポンデローザへの侮辱と同じよ」

「か、過激派オタクだ……」


 スタンフォードは前世でニートをしていたとき、暇を持て余してゲームやアニメにハマってはいたが、ポンデローザを見ると自分がオタクと名乗るのも烏滸がましいと感じていた。

 ポンデローザがオタクだということは理解していたが、ここまでとは思っていなかったのだ。


「というわけで、金輪際あたしのことを悪役令嬢って呼ばないでちょうだい。次、呼んだら殴るよ」

「わかったよ、悪役令嬢ちゃん……痛っ、痛いって、ごめん! 冗談だって! ちょ、デンプシーロールはやめろ!」


 軽い冗談のつもりで悪役令嬢と呼んでみたら、ポンデローザは体を八の字に揺さぶりながらスタンフォードを殴り始めた。これによって、スタンフォードは金輪際ポンデローザを悪役令嬢と呼ばないことを固く誓った。


「ふと思ったんだけど、どうして前世で悪役令嬢モノって流行ったんだ? 書籍化もアニメ化もされてるってことは人気なジャンルなんだろ。何なら僕は悪役令嬢モノ好きだし」

「別に悪役令嬢モノに限らず、主人公が逆境に立ち向かう話としてみればよくある話でしょ。悪役令嬢モノは破滅する未来と理由がはっきりしてるから、主人公の行動がストーリーにしやすいから流行ったんじゃないの。まあ、悪役令嬢モノの先駆けになった作品がバズったってのもあるとは思うけど、書き手が書きやすいのなら、自然とサイト内での総数も増えるでしょ。総数が多いってことは面白い話も生まれやすいってことだと思うわ」

「はえー……ポンデローザって博識なんだな」

「ふふん、まあね!」


 素直に感心したスタンフォードが褒めると、ポンデローザは得意気な表情を浮かべた。

 ときどきスタンフォードは、ポンデローザが本当に二十九歳なのか疑問に思うことがある。

 肉体年齢に引っ張られているか、元々子供っぽい人なのか。

 たぶん後者だろうと、スタンフォードは推測した。


「そういえば、次のイベントはどんなイベントなんだ?」


 同じ転生者ということもあり、どうにもポンデローザと話していると変な方向に話が盛り上がってしまう。

 話が大幅に脱線していることに気がついたスタンフォードは話題の軌道修正を図った。


「学園街でのデートイベントね。休日にマーガレットが演劇を見に行くんだけど、劇場前で偶然スタンフォードと出会うの」


 学園街とは、王立魔法学園の周辺に展開する学生向けの店が立ち並ぶ場所のことだ。

 通っている生徒は貴族だが、全員が金持ちというわけでもない。

 学園街では、学園側も提携して貧乏貴族と呼ばれる家の出である生徒にも配慮した値段の店が多く存在するのだ。


「なるほど、じゃあ次の休日は学園街だな」

「そういうこと。いい報告待ってるわ」

「ああ、任せてくれ!」


 お互いに次の予定を確認すると、二人は鍛練場の清掃をして寮へと帰っていくのであった。

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