今年の夏の終わり  家庭教師

お久しぶりのインターミッション




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 8月の終わり

 ほんのちょっと未来




「カヌキせーんせ!」


 海岸沿いにあるショッピングセンター。私がこんなところに来るのはシネコンが入っているからで、この映画館では、時々昔の映画のデジタルリマスター版が上映される。昔の映画を映画館のスクリーンで観るチャンスなんそうそうないので助かる。映画を見終わって、ビルから出て近くのヨットハーバーというにはちょっとしょぼいかな、っていう港を眺めていた。

 そしたら、先生と声を掛けられた。


まさちゃん?」


 私を先生と呼ぶのは、去年の秋冬から今年の春先までの半年足らずだったけれど、家庭教師のアルバイトをしていた時の中学生しかいない。

「やっぱりカヌキ先生だ」

 声の主を見ると、スポーツブランドのロゴが入った、野球帽とTシャツと5分丈のジャージ、どこの小学生男子かと思うような服装の女の子だ。家庭教師カテキョーしていたときも、いつも上下ジャージだったから、変わらないなあ、と思って安心する。

「今日の先生お洒落だから、カヌキ先生かなって悩んで、声掛けるの迷ったん」

 冬は寒くてフリースにダウンでモコモコで、すっぴんでいつも鼻の頭を赤くしてた。今日の私は、架乃かのに着せられた小洒落た格好だし、架乃に「ちょっとだけだからやらせて」と言われてメイクもしている。伸びた髪を下ろして髪型も違うのに、よく分かったな。そう言えば、目がいい子だったっけ。

「どう、高校は?サッカーやってるんでしょ?」

 私がそう尋ねると、雅ちゃんは大きな目を細めてにっこりと笑う。サッカーが大好きで、サッカー部のある高校に入りたいって勉強を頑張ってた。

「すっごく楽しいん!もうちゃんとスタメンで試合に出てるし」

「すためん?」

「スタメンっていうのは、スターティングメンバーのことで、試合開始の段階から出場してるヒト」

「へえ、一年生なのに凄いですね」

 褒めると笑う、その顔が幸せそうだ。いい顔で笑う子だったことも思い出した。おでこがちょっと広くて、目がおっきくて、笑うとにこーって感じになるから可愛い。受験の頃より日に焼けたし、運動してるせいかはたまた夏服のせいか、ひと回り体が締まった気がする。

「勉強は大丈夫?付いてけてますか?」

「数学以外は」

「ははは、相変わらず数学が嫌いなんですね」

 うん、っと悪びれなく頷く。


 そこで、私は気が付いた。

 雅ちゃんの後ろにもう一人立ってることに。

 険しい顔をした高身長の女性、170cmを軽く超えてそう。いや、背が高いだけで顔はまだ幼い。なんか、やけにきれいな子だな。色白で彫りが深くて、外国の血が入ってそうだ。

 でも、何、その表情は?苦虫を噛み潰した?怯えてる?


「あ、すず、こちらは、受験の時に私の家庭教師をしてくれたカヌキ先生」

 そう言うと、すずさんは、思い当たることがあったらしく、ハッとした表情をしてから、びしっと気を付けの姿勢を取ると、がくんっと90度腰を曲げた。その動きにびっくりして体を縮こめた。

「じ、自分は、長谷川はせがわすずと、いいますっ」

「あ、はい、カヌキです。大学3年生です」

「涼、いいから頭上げなよ。その超体育会系の癖、いい加減直さないん?」

「だって直んないだもん…」

 すずさんは雅ちゃんの言葉にうなだれながら顔を上げた。高校生にしては大人っぽく見えるけど、雅ちゃんと同い年か、下手したら後輩かも。



深弥みや!」

 そこへ、ただならぬ顔をしたお姉さんが登場した。架乃だ。

 私が見知らぬ高校生と話してるのに気付いて、慌てて走ってきたようだ。話し掛けられただけなのにナンパとかキョーハクとか悪い想像をしたに違いない。

 両手には買ってきてくれたらしいコーヒーの入った紙コップを持ってるが、力が入ってるらしくて、ちょっと凹んでる。熱くないのかな。

「大丈夫?何、何してるの?」

 架乃に気付いた雅ちゃんは帽子を脱いでペコリと頭を下げ、それを見てすずさんもまた90度びしっとお辞儀をした。すずさんのお辞儀の迫力には架乃もちょっと驚いた。

「カヌキ先生に家庭教師をしてもらっていた西澤にしざわまさです。南高の1年生です」

「おおお同じく長谷川涼です、あ、家庭教師はしてもらってませんっ」

 二人の挨拶を聞いて、架乃は横目で私を見る。

 私は肩をすくめて、「大丈夫」と声を出さずに唇だけ動かした。架乃は息を1回吐くと、きれいな余所行きの笑顔で挨拶をした。

「カヌキさんのルームメイトのミヤコダといいます。学部は違うけど同じ大学の3年」


 近くのテーブル付きの野外ベンチに場所を変えた。

 架乃が二人にテイクアウトのスイーツとジュースを奢ってあげると二人とも嬉しそうに笑って礼を述べた。そんな顔を見ると、二人とも、やっぱり高校生で、可愛いなと思う。


「すずちゃんは足は平気なの?あ、聞いちゃって良かったのかな」

 架乃がすずさん、いや、すずちゃんの足を指差す。すずちゃんは、膝丈のデニムを履いていて、足首と膝にサポーターを付けていて、ちょっと歩きづらそうにしている。

「えーと、先々週くらいの試合で、やっちゃったんですけど、えーと、大丈夫、です」

「やっちゃったんだ」

 架乃がクスッと笑う。高校生って可愛いって顔だ。

「あの、雅のシュートを取るには、えっと無茶をしなくちゃならなくて」

「あれ、同じ高校だよね?紅白戦か何か?」

「違くって、その時は、違うチームで、練習試合してて、えと」

「まどろっこしくてすみません。涼がこの夏、県のU17に選抜されて、私たちの高校とU17で練習試合があったんです…」

 初対面の年長者を前にして緊張してるのか、うまく話せないすずちゃんを雅ちゃんがフォローする。見た目はすずちゃんの方が大人っぽいけど、雅ちゃんの方がしっかりしてるみたい。

 雅ちゃんによると、同じ高校で仲良しの二人が、別のチームに入って練習試合で本気になって勝負して、結局、すずちゃんが雅ちゃんに勝ったけど、すずちゃんは大怪我をした、ってことらしい。

「U17って言ったよね。すずちゃんって凄くない?」

 さて、アンダーセブンティーンて何だろう?17歳以下ってことだよね。

「U17って言っても、あの、県代表だし、そんなにすごくないんじゃないかと思います。ホントなら、選ばれたのは雅の方だと思うし」

 すずちゃんが慌てて謙遜する。どうやらこの高校生二人は何だかサッカーがとても上手らしい。そこから、謎のサッカー談義が始まったけど、私にはちんぷんかんぷんなので、とりあえず聞いてる振りしてコーヒー飲んでよう。架乃はよく分かるなあ。


「あ、あのー。ミヤコダさん」

 すずちゃんが架乃に決心した顔で声を掛けた。私と雅ちゃんはそんなすずちゃんを見守る。

「わたし、サッカー部だけじゃなくて、写真部にも入ってます」

「そうなんだ。写真部でモデルやってるの?」

 すずちゃんは長身の美少女だ。モデルをやってても何もおかしくない。

「違います。わたしみたいな筋肉ゴリラにモデルは無理です。わたし、撮る方です。写真撮るのが好きです。写真もサッカーもまだまだ下手なんですけど」

「うん、それで」

 架乃が続きを促す。筋肉ゴリラって今言ってなかったか?謙遜?


「ミヤコダさんの写真、撮らせて下さい!」



ーーーーー



 昼下がりの8月。秋はまだ少し先。


 なぜか、わたしは女子高生に写真を撮られている。

 ヨットハーバーもどきを背景に座らされて、そんな私の周りをすずちゃんがチョロチョロ回って、気に入るような構図や角度を探している。時々、シャッターの音がするけれど、気に入らないらしくて、撮り続けてる。座る場所を変えられることもある。

 右足に負担がかからないように左足に体重をかけながら、右足を伸ばしてしゃがんだり、中腰になったり、忙しい。足大丈夫なのかな、と思ったけれど、しゃがんだ時にピクリとも揺れないからすごい。体幹を鍛えてる、ってこういうことか。


「ミヤコダさんのこと、急に撮りたくなっちゃって。すみません」

「それはいいけど、聞いていい?なんで、カヌキさんじゃなくてわたしなの?」

 確かに、ぱっと見、目に付くのはわたしの方だと思うけど、深弥だって、こじんまりとしてるだけで被写体として悪くはない筈だ。

「えーっと、わたし、口下手で上手く言えないんだけど、撮りたいのミヤコダさんの目です」

「目?」

「…失礼なこと言いますけど、あの、…ミヤコダさんは、カヌキさんのこと、好きですよね」

 女子高生に見破られた!!いや、待て、深弥だって、わたしのことが好きな筈。

「ミヤコダさん、強い気持ちが目から出ちゃってて、わたし、それを写真にできないかって思って」

 え?え?えー???丸分かり?


「なんて言えばいいんだろ、うーん、優しいの。すごく。でも、すごく荒々しいの。いい言葉が分かんない」

 カメラから左手を外して、茶髪をぐしゃぐしゃしながら考えている。この子は勘がいいのかな、何なのかな。

 悩みながら、すずちゃんは、深弥と雅ちゃんの方を振り返った。


「あ、あー、あれ、分かりませんか?」

 わたしは、すずちゃんに視線を合わせる。まさちゃんを見てる?

「雅ね、普段はとっても穏やかなんですよ。でも、ボールを追いかける時は、違うんです。めちゃくちゃワイルドになります。もう目が爛々として」

 ふむふむ

「で、今、わたしを見てる目がワイルドです。雅は、時々、すごく怖い目でわたしを見る。いつもの優しい視線だけじゃなくて、今は、目の中がゆらゆらしてる感じ。今、わたしがミヤコダさんを撮るのに夢中になってるから、多分ちょっと怒ってる」

 ん?

「ミヤコダさんも、おんなじような目でカヌキさんを見てます」

 え?

「わたしがカヌキさんを思うような目で、まさちゃんもすずちゃんを見てる?そう言いたいのかな」

「そんな感じです」

 カシャンカシャンとシャッターが落ちる。


「ミヤコダさんも、雅も、本気で好きな人を見てる。わたしもそんな目をしてるのかな」

「すずちゃんは、まさちゃんが好きなの?」

「…はい。すごく好きです。えっと、わたしの方が春に出会って……すぐ好きになって、雅の方も好きって言ってくれてからは、まだ1か月くらいですけど」

 うん、初対面のわたしにかなり明け透けな話をしてるんだけど、いいのだろうか。それは完全にこの子がわたしと深弥の関係を見破ってるからだろうか。


「わたし、けっこ本気なんですけど、えっと、大学生のミヤコダさんから見たら、まだ高校1年生、まだ1ヶ月、そんな風に思いますか?」

 カシャン

「うーん、ごめん、正直言うと、そう思わないでもないかな」

 すずちゃんは撮れた写真を確認する。

「ミヤコダさんはカヌキさんを本気で好きになったの、いつですか?何歳だったんですか?」

 答える義務はない。それを答えたら、わたしたちの関係を見破られたことを肯定することになってしまう。

 でも、子供扱いしたら失礼だとも思う。


「…19、ううん、18だ」

 付き合い始めたのは去年、でも好きになったのは一昨年。

「今、わたしは16です。18と16なんて、そんなに変わんないです」

 その強い言葉を聞いて、わたしはカメラを構えるすずちゃんを見た。カメラ越しに目が合った気がした。見えないけれど、すずちゃんの目もゆらゆらしていると感じた。


 カシャン


 目の中のゆらゆら。優しさと激しさ。

 言いたいことは、漠然と分かる。

 包み込んで甘やかしたい、されたい。

 でも、無理やりにでも中に入り込んで、全部わたしのものにしたい、……されたい。


 深弥を見た



 カシャン、カシャン、カシャン、カシャン、カシャン



「撮れた!!」


 わたしはびっくりしてすずちゃんを振り返る。

「写真に画像として写ってるわけじゃないけど、撮れた気がしました!」

 何よ、それ。

「ねえ、カヌキさんは、そういう目でわたしを見てないの?」


「……優しい。それと、何だろ、ちょっと悲しい?そんな感じです」


 悲しい、

 そうか、そうかもしれない。

 すずちゃんの勘、すごいな。エスパーみたいだ。




ーーーーー




 少し離れた場所で、ヨットを背景にすずちゃんが架乃の写真を撮ろうとしている。

「雅ちゃんとすずちゃんは仲いいんですね。中学校からの友達ですか?」

 私がそう尋ねると雅ちゃんは首を振った。

「ううん、この春から」

「いい友達を見付けたんですね」

「友達じゃないん」

 え?

好きな人カノジョ

 え?コーヒー落としそうになった。


「…ええと、お付き合いしてるんですか?」

「お付き合い?え、そうか、まあ、そうなる、んん」

 雅ちゃんの顔が赤くなった。言っちゃったって顔してる。

「中学校の時は、恋愛なんて興味ないって言ってたのに」

 少しだけ揶揄うと、雅ちゃんはてへへと笑う。

「そう言えば、恋人ができたら教えてって、雅ちゃんに言ったような気がします」

「うん、言った。これで約束守ったことになるね」

 奥手だと思ってた雅ちゃんが、恋してる。驚き。しかも女の子に。

「すず、ってすごいんだよ。何にもしてなくても、見た目あんなにカッコいいのに、中学校はバスケの全国大会出てて、高校入ってからサッカー始めて、まだ4ヶ月くらいなのに、もう県選抜に選ばれて、そのチームでレギュラーでキャプテンになったん。あと、写真も巧いし、勉強だってできるし」

 ばばばって、雅ちゃんがすずちゃんを褒めた。本当に好きなんだって伝わってきて微笑ましい。

「でもね、負けたくないん。サッカープレイヤーとしてだけは。絶対」

 キッと強い目で雅ちゃんは、すずちゃんの方を見た。

 ちょうど、すずちゃんと架乃もこっちを見ていた。


「…涼、やっぱ年上の背の高いきれいなお姉さんが好きなのかなあ」

 雅ちゃんが呟いた。私が首を傾げると雅ちゃんは苦笑いした。

 何かを話しながら架乃の写真を撮っているすずちゃん。なんというか、遠くで見てると高身長の美女二人だ。

「涼ね、私と会う前、大学生と付き合ってたん。なのに、何で、今は、こんなサッカー子猿の私のこと好きって言ってくれるんだろ…」

 へえ、すずちゃん、精神的に幼い感じと思ったのに、そうでもないんだな。

 そう思いながら、私と同じように、恋人と釣り合いが取れないと悩んでるらしい雅ちゃんが微笑ましくなる。私も架乃と自分が似合ってるなんて思えない。でも、そんなの関係ないって気にしないようにはなった。


「何で、って、今、すずちゃんが好きなのは雅ちゃんだから。それだけですよ」


 私は雅ちゃんの頭を野球帽の上からぽんぽんとした。

「私もなぜあんなきれいな人と一緒にいられるのか、今も分からないです」

「え?」


「ミヤコダさんは、私の恋人です」


 お母さんと架乃のお姉さんの那乃さんの二人にしか私たちの関係を教えてない。

 それを、高校1年生の女の子に言ってしまった。

 雅ちゃんが、目を丸くした。


「…すごい、同棲してるんだ!」

 ははは、そこに着目したか。確かに高校生から見たら、恋人と一緒に暮らしてるって、すごいことだね。私も高校の時には、自分が大学入って恋人と同棲するなんて思いもしなかった。

「ずっと一緒にいられるって羨ましいなあ」

 でも、今の自分たちじゃ無理だなって口を尖らせる雅ちゃんが可愛かった。


 私は、眉間に皺が寄るのを感じたけれど、無理に口角を上げて笑顔っぽい顔にしようとして、結局、変な顔付きになったのだろうと思う。

 それを見て、雅ちゃんが、戸惑った表情になった。


 



「でもね、もうすぐ、別々に暮らすんです」




 雅ちゃんが歪んだ顔で固まった。

 私、これ以上に、もっと愕然とした顔で架乃の話を聞いたんだな

















◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 インターミッションその4でした。

 


 雅と涼は、「あがれッ」という作品のカップルになります。そっちも読んでくださっていたらありがとうございます(拝むなむなむ)。

 半年前から自作品のコラボ(苦笑)やりたかったんですが、両方の物語の展開のタイミングが合わなかったのと、あんまり時間がなかったのとで、こりゃ無理かなと思ってたところ、なぜか突然書けました…


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