エピローグ。されど始まり

私の彼女

 人というのは。

 結ばれた日のその後は、どうしているものなのだろうか。


 キスをした後。

 私はめちゃ恥ずかしくなって、お姉ちゃんと会話ができなかった。

 それはおそらくお姉ちゃんもだろう。


 いつもの帰り道を歩く。

 外食に行った時も、水族館に行った時も、帰り道はいつもここだった。

 街灯が道を照らし、辺りは虫が鳴いている。

 そんな、同じようで違う道を歩きながら、私は思う。


 お姉ちゃんは今、私の彼女だ。

 彼女というのは、かなり親密な状態だよね?

 つまり、一緒に風呂に入るのも別におかしくないし、一緒に毎日寝るのもおかしくない。

 それに。彼女なんだから、お姉ちゃんじゃなくて『瑞樹』って呼んだ方がいいのかな。

 それを意識するだけで、顔が熱くなる。


 話しかけたいけれど、やっぱり無理だった。


 結局すぐに家に着いた。

 以心伝心するように、お互いに手を離して、私がドアを開ける。

 鍵は空いていた。

 お母さん達が帰ってきているからだろう。


「ただいま」


 沈黙を破って、私は言う。

 どんなに恥ずかしくても、ただいまは必要なことだから。



※※※※※※



 結局。

 お姉ちゃんとはあまり会話できなかった。

 メッセージで、『今日は一緒に寝よう』と送られてきて。

 『いいよー』と答えただけだった。


 十時半。

 ベッドに身体を横にする。

 電気を消して私は待っている。

 風呂から上がったばっかりで、髪がちょっぴし濡れていて、いい匂いも少々。


 そういえばお姉ちゃん、リビングでお父さんとなにか話していた。

 きっと、今日の朝のことだろう。

 お父さんもなにか決心がついたのかな。

 私のお陰だ。すごいすごい。


 その話し合いが終わったら、多分こっちにくるのだろう。


 うーん。

 なんだろう。

 今まで何回か一緒に寝るというのはあったはずなのに、なぜか凄く恥ずかしい。


 そう思っていたら。

 コンコンとノック音が聞こえた。


 この感じも何回かあったなと思いながら、私はその音に返事をする。


「いいよー」


 もしここで、お父さんとかお母さんが出てきたらどうだろうか。

 けれど出てきたのは、やはりお姉ちゃんだった。

 自分の枕を抱えて持っている。


 俯きがちに、近寄ってくる。

 暗くてよく分からないけれど、恥じらいの様子だった。

 何を言わずに、私の横にやってくる。


「ど、どうも、お姉ちゃん」


 見上げながら言った。

 私も緊張しているらしい。

 震えている。


「そ、そういえば、お父さんと何を話していたの?」

「い、いろいろ」


 そう答えるお姉ちゃんの声も震えている。

 数秒の間をあけ、続けた。


「……ただ。なんか日記みたいのを見せてくれた」


 朝のことだと分かる。


「それで?」

「ごめんだって」

「それだけ?」

「うん」


 これだけじゃ、お姉ちゃんとお父さんの関係がどうなったのか分からない。

 だけどまぁ、大丈夫なんじゃないかなと思う。

 お姉ちゃんがお父さんのことについて触れる時、その声には多少の嫌悪感のようなものがあったから。

 今回はそれがなかった。


 そうやって、頭の中で自分を納得させた。

 だが、そこからは沈黙が続いた。


 私が話しかけなければ、お姉ちゃんは話してくれないのだろうか。

 ついに私は、このことのついて触れてみる。


「その。私たち、付き合ってるんだよね」

「……うん」


「彼女。なんだよね」

「うん」


「嬉しいね」

「うん」


 どんどんと、お姉ちゃんの声のトーンが上がっていった。


「け、けど。前、私、振られた。こんなことになるとは思わなかった」


 やはりな、と。

 申し訳なさが押し寄せる。


「……あの時はごめんね。あれ以来、私の中でいろんな考えが交錯して。それで、その結果がこれなんだ」

「ふーん」


 私は酷いけど。

 それでも、お姉ちゃんは私の彼女になってくれた。

 それはとても嬉しいことで──


「お姉ちゃん──んーん。瑞樹」

「は、はひっ」

「彼女になってくれて、ありがとう。大好きだよ」


 ──同時に、とてつもないありがたさを感じた。


「うん。私も」


 私は身体を起こして、瑞樹に覆いかぶさった。

 ほぼ。衝動的にだった。


「ねぇ。いい?」


 顎に手を添えて、私は問う。

 瑞樹は、目を瞑って軽く頷いた。


 ──口を近づける。

 両頬に手を添えて。

 外さないように、ゆっくりと。


 柔らかい唇に、私の唇が重なる。

 吐息が私の口内に張り付く。


 舌を絡めてきた。

 ザラザラしてる。

 あの時は、こんなことされてない。

 ただ、口をずっと合わせていただけ。


 変態だなと思いながら、私も舌を出す。

 ドラマでやっていたみたいに、やってみる。


 けど。ちょっと歯があたる。

 痛いけど、奥へ奥へと、私は舌を伸ばした。

 瑞樹が声を漏らす。


「かわひぃ」


 幸せな夜だった。

 恋人同士って素晴らしい。

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