咲いた想いのその後は

 言った。


 言えた。


 彼女になってくださいって。

 言えたよ。

 声を出せて。伝えれて良かった。


 けれど。

 同時に不安が押し寄せる。

 これだけでよかったのか。

 もっと着飾った言葉で告白するべきだったかなと。


 私は待っている。

 告白の返事を。


 下だけを見ている。

 いや、正確には何も見えていない。

 私の目に映る景色はぼやけている。

 見ているものといえば、頭の中だった。


 返答を待ってるこの時間。

 今までの心臓のドキドキが別のものに変わっていっているのが分かる。


 振られる?

 そんな不安までもおぼえてしまう。


 お姉ちゃんは、今どんな顔をしているのだろうか。

 笑ってる? 蔑んでいる?

 顔を上げたいけれど、私の頭には今、重りがついているように上げることができなかった。


 遅い。


 遅い。


 返事が、遅い。


 もしも。

 振られたら、明日からどうなるの?

 距離を置かれてしまう?

 話せなくなってしまう?

 いや。まさか。

 そんなことは無いはずだ。


 疑問が頭の上に湧いてはそれを否定して。

 そしてまた疑問が湧いて。

 否定して。

 ずっと。それを繰り返す。

 自分自身に「違う」と言い聞かせている。


「……」


 沈黙が、辛い。

 もう、沈黙という時点で答えは出ているのかもしれない。


 少なくとも、即答では無かったのだ。

 なにかをお姉ちゃんは思考していて、ぐるぐると頭を回転させて、この告白の最適解を探しているのだろう。


 その事実に胸がズキズキ痛む。

 何ヶ月か前に、振ったことが悔やまれる。

 あわせて、お姉ちゃんは私に振られた時に、こんなにも辛い想いをしていたのだなと申し訳なくなった。


 私たちの横を大勢が通り過ぎる。

 視線を感じる。


 私の周りの何もかもが痛い。


 返事は、まだこない。


 諦めに似た何かを感じた。

 だからか。私は、もう顔を上げてしまった。

 困った表情でこっちを見ているのだろうと思いながら。


「……」


 しかし。

 違っていた。


 電灯に照らされているからよく分かる。

 お姉ちゃんは泣いていた。

 私と同じように、下向いて顔をおさえて。


「どうして……」


 呟く。

 俯いて、涙を零すお姉ちゃんに対して。


 また数秒の沈黙が訪れる。

 お姉ちゃんは震えながら、口にした。


「ごめん」


 震えているのに、その発言には芯がある。

 それは私の体中にグサリと刺さる。


 痛かった。

 比喩でもなんでもなくて、実際に痛みを感じた。


 振られたと簡単に分かった。


「そ、そっか。今更彼女になってとか、身勝手だもんね」


 溢れそうになる涙を我慢して、言葉にした。

 言い切って、それはすぐに滴る。

 地面に染みていく。

 何も見れなくなって、その光景を私はただ呆然と眺める。


「違う」


 違うって。

 何が違うというのか。

 慰めなのか。

 気を遣おうとしているのか。


 思っていたら。

 俯いたままのお姉ちゃんが言葉を続けた。


「私。嬉しくて。返事が遅くて。泣いちゃって。だから、『ごめん』なの」


 その言葉の意味を理解するのに、若干の時間を要した。

 私の思考と真逆のことを、お姉ちゃんを口にしたのだから。


「そうなの?」


 心の内で何かが広がる。

 期待と喜びが入り交じったなにかだ。


「……返事は?」


 せっかちな私は、すぐに新しい返事を求めた。

 お姉ちゃんは、恥ずかしそうにしながら、俯いた顔を勢い良く上げた。

 それに引っ張られるように、私も顔を前に向ける。


「私も。てんちゃんの恋人になりたい」


 お姉ちゃんは。

 振り切るように、笑顔で。

 長い髪も大袈裟に揺らしながら。

 そう言ったのだ。


 顔を上げた勢いで、お姉ちゃんの涙が宙を舞う。

 その水滴の反射が美しくて。

 お姉ちゃんは、何かもが美しくできているのだと思った。


 ドキドキが、また別のものに変化した。

 溢れんばかりの暖かい思いに満たされた。

 その笑顔を見て、もう何もかもが抑えられない気がして、


 私は駆け寄る。

 なぜそうするのかって、意味は必要なかった。


 そうしたいから。

 意味を求めるとしたら、こういうことなのだろうと。


 戸惑うお姉ちゃんに向かって、


「てんちゃん? ──っ!」


 ──キスをした。


 狙った場所よりも、少し上で。

 お世辞にも完璧とは言えないキスをした。


 周りを通る人がざわついている。

 どうせ、私たちなんて赤の他人だ。

 これを見られるくらい、どうでもよかった。


 お姉ちゃんが、抱きよせる。

 暑いけど、それ以上に暖かい。


 私たちは今、繋がっている。一つになっている。

 それを全身で感じている。


 橋の上で、こうするのは流石に変かもだけど。

 これもまた、風情というものだろうか。


 初キスはレモンの味らしい。

 けれど。そんなことは全くなくて。

 かき氷のメロン味。

 お姉ちゃんの唾液の味。

 涙が混じったしょっぱい味。

 レモン味とは程遠くって。


 言うなればそれは、お姉ちゃんの味だった。


 お姉ちゃんを今までで一番、近くに感じた瞬間だった。


 ずっとこうしていたいけれど、いつか終わりの時はくるもので。

 それはとても悲しくて、終わらないでって思うけど。

 でも今は、この時を、私の中に刻みつける。

 後になって、今日のことを忘れないように。

 思い出せるように。

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