舞い上がる想いを咲かせて

 一体いくつの花火が咲いただろうか。

 その光景は、まさしく花のようで綺麗だった。


 けれど、隣で花火に見惚れいてるお姉ちゃんの方こそ綺麗だ。

 お姉ちゃんの顔に写る花火の反射は、その顔を様々な色へと変化させる。


 最初は、私も花火を見ていたけど。

 もう。花火なんて、見れなかった。


 橋の上の特等席。

 二人で、そこにポツンと立つ。

 この状況は、二人きりの空間って感じでとても素敵だ。

 先までの人混みのガヤガヤを忘れさせてくれる。

 だからこそ、自分の心臓の音がこんなにも大きいということにも、今やっと気づいた。


 花火を二人で見て、心臓をドキドキさせる。

 きっと私は心のどこかで何かを期待している。

 だから私の心臓はこんなにも早く鳴っているんだと思う。


 お姉ちゃんはきっと、この夏祭りに大した何かを期待していない。

 お姉ちゃんのことだし、ハグして欲しいとか、キスして欲しいとか。

 そういういつもしている様な期待をしているんだろうな。

 私たちの関係の進展については、期待していないんだなと。


 前、振っちゃったから。

 それが理由だと思うけど。


 『普通』。

 多数派と少数派について。

 少数派って、なんだか特別感があってこれはこれで素敵だと思う。

 半年経たずして、こんなにも思考が変わるだなんて。

 恋の力? みたいなことかな?


 これが、夏祭りの魔法というものなのかもしれない。

 夏祭りって、普通の休日が少し華やかになっただけなのに。

 なんか本当に、人の心ってすごい。


 それで私は。

 そんな魔法をかけてくれている人に、私は心の中で願う。


「どうか。

 今日はまだ、その魔法を切らさないでください」


 そんなことを思い続けている。


 ふとした時に。

 空に無数の花火が咲き乱れた。

 もうそろそろ、クライマックスなのだろう。

 お姉ちゃんに釘付けだった私も、思わずつられて見てしまう。


 赤、緑、黄色、青。

 様々な色が、暗い夜空を色付ける。

 川からも光が出ていて。

 幻想的だった。


「……綺麗」


 呟いて、「お姉ちゃんほどではないけど」と心の中で付け足す。

 だけど、今まで見た中で、一番の花火だったと確信する。


 キラキラと眩い。目を覆いたくなるほどに。

 花火と共に、私の気持ちが舞い上がるようだ。

 ただ、花火と違う点は。

 私はすぐには、はじけない。

 ずっと舞い上がり続けている。

 いや、上がった想いを咲かすって意味では一緒かもだけど。

 その想いが飛翔している時間はとても長いのだ。


 夏祭りで告白をするという話は、結構よく聞く。

 だから、花火というのは、今まで何人の恋愛の後押しをしてきたのだろう。と思う。

 私のやろうとしていることがちゃんとやれたら、花火には労ってあげないと。


 自分から振っといて今更好きですって。

 本当に感じ悪いかもしれない。

 けれど。この気持ちは偽らない。偽れない。


「……わぁ」


 一つの大きな灯火が空に上がったかと思えば、それは一番大きく美しく、空に咲いた。

 それを囲うようにその周りで、また、沢山咲き乱れた。


 花火がピタと止まった。

 その場所には、花火の煙がもくもくと漂っていた。


 遠くで、アナウンスが聞こえる。

 色々な場所から、その言葉が跳ね返って、やまびこみたいにそれは聞こえた。


「終わった……みたいだね」

「うん」


 その残った煙を見ながら、しみじみという風にお姉ちゃんは言った。

 その横顔を見て、私は聞いてみる。


「お姉ちゃん。どうだった?」

「……すごかった。今までそんな意識してなかったけど、花火ってこんなにも壮大な、心を動かされる何かがあるんだなって」


「てんちゃんと見ているからかもだけど」


 こっちに笑顔を向けられる。

 はじけるような笑顔だった。


 ずるい。ずるすぎる。

 いっつもいっつもそうだ。

 思わせぶりなのか、なんなのか。

 そんな顔で微笑まれたら、私……。


 心の中が荒れている。

 心臓だけじゃない。

 腹の辺りも、どこか震えている。

 どうすればいいの。

 どうすれば。どうすれば。


「てんちゃん。帰ろ」


 手を差し出してくる。

 その手を直視しているはずなのに。

 なぜだか視界がぼやけている。


「やだ。帰らない」


 想いを伝えたいからって。

 こんなんじゃ、まるで幼児だ。


「え。急にどうしたの。……あ。今日は一緒に寝ていい?」


 その言葉さえも、曖昧にしか頭に入ってこない。

 呼吸が、早くなっている。


 私たちの横をすれ違う人もちらほら現れた。

 夏祭りから帰る人たちかもしれない。


「あのさ」


 思わず出た、言葉は引き戻せない。


「うん」


 心にメモしたことは消えていて、


「あのさ!」


 何を言えばいいのか分からない。


「うん。どうしたの」


 だけど。


「言いたいことがあって」


 私たちは両片想いだから。


「うん」


 好き同士でいるのだから。


「私ね」


 きっと。


「……うん」


 きっと──!


「お姉ちゃんの。彼女になりたい」

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