私視点のお姉ちゃん

「ふー。ふー」

「ちょっと、楓。緊張しすぎよ。リラックスリラックス」


 私たちは今、中学二年の学年室でソファーに座らされていた。

 先生によると、転校生の紹介の時に出てもらうから、それまでここでゆっくりしていていいとのこと。


 ……めっっちゃ、緊張するんですけど。

 この心臓のドキドキを誰か止めてください……!

 なんて願いが届くわけもなく、私はただただ心臓を左手でぎゅっと押さえていた。


 でも、お姉ちゃんと同じクラスっぽかったし、その点で言えば良かったかな。


「楓。私、そろそろ仕事に行くけど、大丈夫そう? 一人でもちゃんとできる」

「も、もも、もちろん。ひ、一人でだいじょう──」


 ……ってあれ?

 あそこにいるのお姉ちゃん?


 女子生徒二人が、先生の前に立っている。それを見つけた。

 お姉ちゃんっぽい人が、前の生徒に隠れているような構図だった。


 いや、まぁ。見間違いだろう。


「──おーい。かえでー。生きてるー?」


 手をブルンブルンと目の前で振られ、私の意識を覚まされる。


「ん。んぁ。生きてる生きてる」

「私、大職員室の先生に挨拶していくから。ここでバイバイするよ?」

「あ。はーい」


 私は心ここに在らずみたいな返事をした。

 その返事に、お母さんは少し不安そうな顔をして、この部屋を出て行った。


 ちょっと、いや凄く、どうしても、あの光景が気になりすぎた。

 あのお姉ちゃんっぽいのは、多分お姉ちゃんで合ってる。

 で、その前の可愛い女の子は……。

 もしかして、もう友達ができたとかかな?


 いや、あの引きこもっていたお姉ちゃんに、学校に来てすぐに友達ができるほどの会話力があるかといったら、ここ数日ずっと見ていた私に言わせてもらうと、そんなのものは無い。本当に無いのだ。

 ……とんでもなく失礼なこと考えてるけど。


 お姉ちゃんは、女の子が好きな人なんだと思うけど。

 私のこと好きって言ってたのに。浮気かあれ、浮気なのか。


 って、あーー!

 背中、ぽんって押されてる。なにあれ!

 仲よさそうなんだけど!

 ちょっと。待って。

 なにしてるの。

 お姉ちゃんも、なんか顔赤くしちゃってるし。


 私の心臓のドキドキが意味するものは、別のものに変わっているような気がする。


 私の足はいつの間にか動いていて、お姉ちゃんのところにやってきていた。


「……てん──楓? どうしたの?」

「その女、誰?」


 早速。言葉選びを間違ったかもしれない。

 これだと、浮気現場を目撃した女が、彼氏に凸っているみたいになってる。

 というか、何やってんだ私。

 こんな嫉妬みたいのなことをして。

 ……これだと、好き丸出しじゃないか。

 今日からは、お姉ちゃんのことは、ちゃんとお姉ちゃんとして見るって決めていたのに。


 せ、せめて。笑顔は作らないと。


「ねね。瑞樹さん。この子は?」


 あ?

 瑞樹さん?

 瑞樹『様』だろ?


 じゃなくて!

 このままだと私がキャラ崩壊をおかしかねない。

 笑顔。笑顔を作らねば。


「えっと。藤崎さん。この子、転校生で一応私の妹です。……ちょっと怖い顔してるけど」


 藤崎。藤崎ね。

 よし。顔と名前は覚えた。

 ……普通に可愛い。

 もしかして、お姉ちゃんを狙ってるのか?


「へぇー。そなんだ。姉妹揃って可愛いね。楓ちゃんっていうんだ」


 お姉ちゃんを可愛いという、その見る目だけは褒め称えたいところではある。


「姫川楓です」

「私、藤崎桃杏もあって言います! これからよろしくね!」


 美味しそうな名前ですね。

 食べてやろうか。


「あ。はい。どうも」

「じゃあ、そろそろ朝礼始まっちゃうので。教室戻るね!」

「あ。うん」


 そういった彼女は、お姉ちゃんの手を引いてこの部屋を後にした。


 いや、なんで手を繋いでいらっしゃるのですか……。


 別に、お姉ちゃんに友達ができることはいいことだと思う。

 不登校だったお姉ちゃんにとって、友達がいるというのは、かなり学校に行きやすくなるものだと思うし。

 その点では、嬉しいんだけど。


 でも。お姉ちゃん。

 私と、一緒に学校いたいんじゃなかったの?

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