第53話 拉致と拘束

 結局、一人で横になっても眠ることは出来なかった。

 誰かが傍にいないと眠ることも出来ないなんて、子供か何かか、俺は。

 今日バイトで助かった。

 これ以上家でぼーっとしていても、むしろ苦痛なだけだったし。

 そうしてバイトを終えて、ようやく家に帰って来れた。



「あー……流石に疲れたなぁ」



 徹夜なら何度かしたことあるから、なんとか今日のバイトは乗り切れることが出来た。

 だけどぼーっとしてたり、変な凡ミスをしたりして店長から怒られちゃったな。

 でもいい感じに疲れてるし眠気もあるから、このまま眠りたいところだ。


 飯は食わず、シャワーを浴びてさっぱりする。

 気持ちだけでもさっぱりすれば、少しは眠れると思って。






 そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。






「……眠れない」



 まさか、二日連続で眠らなくなるなんて。

 もう無理ぽ。誰か助けて。


 一瞬だけ気が遠のき掛けたけど、直ぐに不安がやって来て起きてしまう。

 眠気による吐き気で何もやる気が起きない。

 虚空を見つめ、ぼーっとするだけ。


 ぼーー。

 ぼーーーー。

 ぼーーーーーーーー。

 ぼーーーーーーガチャッ。



「ただいまっすー」

「!」



 飛び起き、時間を確認。

 朝の七時。もうこんな時間なのか。

 いや、時間とかもうどうでもいい。

 俺は寝室を出ると、玄関に向かっていった。



「あ、センパイ。ただいまっす……にょわ!?」

「ぱ、パイセン!?」



 靴を脱いだ清坂さんを抱っこし、急いで寝室にダッシュ。

 優しく清坂さんを寝かせ、そっと抱き締めた。

 あぁ……これ、これだよ。うん、これこれ。

 清坂さんの柔らかさ。清坂さんの温もり。清坂さんの匂い。


 あ、一気に眠気が……すやぁ。



   ◆純夏side◆



「せせせせせせせせせっ、せ、せぇ……!?」

「……くぅ……くかぁ……」



 なになになに!? なに、なに!? え、なに!?

 昨日のこともあるし、センパイが寂しがってると思って早めに帰ってきたら、センパイに拉致られた上におっぱい枕+抱き枕にされたんだけど!?

 しかもセンパイもう寝てるし!!


 センパイのキュートかわいい寝顔にキュンキュンしていると、深冬が寝室にやって来た。



「純夏ー、大丈夫かー?」

「あっ、深冬。これ……」

「おー、効果抜群じゃん」

「抜群すぎね?」



 確かに深冬の言う通りになった。

 センパイ、私がいなくて眠れなかったのかな……?

 どうしよう、嬉しい。やばい、母性大爆発。なんか出そう。

 センパイの頭を抱き締め、髪を梳くように撫でる。

 安心したのか、より深い眠りに入ったみたい。可愛すぎる、センパイ。



「パイセン、赤ちゃんみたい。おっきい赤ちゃん」

「わかりみ。よちよち、海斗ちゃんよちよーち」

「……ぅにゃ」

「「〜〜〜〜っ!」」



 キュンキュンしゅる……色んなところがキュンキュンしゅるぅ……!



「ちょっ、純夏もっとそっち行って。私にもハグさせろしっ」

「えー、狭いんだけど」

「ハフレを差し置いて二人でハグするなんて許せんっ。ほらほら」

「あぅっ。もう、強引なんだから……」



 仕方なくズレると、深冬は私ごとセンパイを抱き締めた。

 何この状況。同じベッドで、三人で添い寝って。

 しかもセンパイ爆睡してるし。



「背徳感やばい。私ら高校生なのに、爛れてるわ」

「ね。ドキドキする」



 センパイの持ってる漫画やラノベでも、こういう展開はほとんどない。

 ハーレムものってやつでも、こんな露骨なハーレムはなかった。やばいねこれ。


 深冬と手を繋ぎ、センパイと密着するようにハグをする。

 脚も絡め、より一つになるような感覚……いい。



「パイセン残念だね。美少女二人のおっぱいサンドを堪能できないなんて」

「今のセンパイがそんなの自覚したら、また鼻血ぶーで倒れちゃうよ」

「それもそっか」



 でも、いつも冷静に物事を判断するセンパイが、二日も私と離れただけでこうなるなんて……嬉しいけど、センパイの将来が心配ですよ、もう。



「今日はこのまま寝ちゃおうか」

「だね。朝早かったから、私も眠くて……」



 深冬は小さくあくびをすると、うとうとし始めた。

 幼馴染みで女の私から見ても、深冬は超のつく別嬪さんだ。

 でも眠そうにするところは、子供みたいで可愛い。センパイと深冬のお母さんになった気分だ。



「……お母さん、か」

「純夏、パイセンの子供産みたいの?」

「ち、違っ……くはない、けど……私みたいなのが、ちゃんとお母さんになれるのか不安で……」



 両親のことを思い出す。

 濃い化粧をして、夜な夜な遊びに出かける母。

 仕事ばかりして、他所に女を作って帰ってこない父。

 私を置いて、逃げるように地方に就職した姉。


 こんなクズ共の血が混じってる私が、センパイと一緒にやって行くなんて……。



「ねえ、深冬はどう思う?」

「…………」

「深冬?」

「……すぴぃ」



 寝てるし!

 まさかこんな話をしてる最中に寝るなんて!

 小さく溜息をつき、センパイの顔を胸に押し当てる。



「むぐ……ふがっ……」



 このJKギャルキラーのセンパイめ。窒息してしまえ。

 あ、嘘。窒息したら悲しいからダメ。

 仕方ない。かんよーな私は許してあげましょう。

 センパイの頭を押さえつけていた力を抜いて、ゆっくり撫でる。


 ツキクラ先輩のせんせーふこく。

 少しだけ私と深冬の心はざわついたけど、それでも今は私たちが一歩リードしている。

 まだ慌てるような時間じゃないけど、おちおちゆっくりもしていられない。

 でも今は……。



「……おやすみなさい、センパイ」



 良い夢を、っす。

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