第12話 ギャルと勘違い

 あ、清坂さんの靴。どうやら先に帰ってきてたみたいだ。



「ただいまー」



 改めて思う。こういう挨拶、いつぶりだろう。ちょっと嬉しい。

 けど……一向に返事が返ってこない。

 はて、どうしたんだろう。いつもは飼い主の帰りを喜ぶ犬みたいに飛んでくるのに。


 廊下を抜け、リビングの扉をそっと開ける。

 あ、いた。

 壁に耳をあてて、もぞもぞしてるけど……何してるんだろう? しかもそのシャツ、俺のだし。



「ゎ、すご……ぇ、こんな……んっ、ぁ……!」

「ただいま」

「にゃああああぁぁぁぁっっっ!?!?!?」



 うわっ!? な、何!?

 ばっ! と振り返る清坂さん。

 顔を真っ赤にし、シャツの裾を掴んで後ずさった。

 な、何? どしたの?



「ぁっ! せ、センパイしーっ! しーっ……!」

「いや、うるさいのは清坂さんだけなんだけど」

「い、いいからこっち来てくださいっす……!」



 と、腕を引いて壁とは反対側に引っ張られた。



「な、なになに?」

「センパイ、びっくりです! 驚きです!」

「だから何が」

「な、なんとっ、あの清楚ギャルさんが、さっきまで男を連れ込んでたんすよ……!」



 ……へ? 清楚ギャルさん?



「それって、白百合さん?」

「そうっす! さっきまで喘ぎ声が凄かったっす! 男が帰った今も、喘ぎ声が半端ないっす! 間違いなく淫乱っす! えっちです!」



 喘ぎ声連発やめれ。

 あとそういう際どい下ネタ、男の俺の方が恥ずかしいから。


 でもおかしいな。さっきまで白百合さんと一緒にいたのは俺だ。

 それなのに男といるって、なんのトンチだろうか。

 それに白百合さん、処女で今も彼氏はいないはず。ううん……?


 ……あ。



「それ、俺かも」

「……え?」

「いや、さっきまで白百合さんと一緒にいてさ」

「…………ぇ……?」



 ん? 呆然としてどうしたんだ?



「……なんすか、それ……」

「き、清坂さん……?」



 突然俯いてしまった。ど、どしたの?



「つまり海斗センパイは、清楚ギャルさんという極上の彼女がいながら、私を部屋に泊めてたんすか……?」

「き、清坂さん、何か勘違いしてないか? 別に俺は白百合さんと付き合ってないよ」

「じゃあさっきの喘ぎ声はなんすか!」



 それは俺が聞きたいんだが。



「えっち! 変態! 不潔! 付き合ってもないのにあんな喘ぎ声……! 見損なったっす、センパイ!」

「待て待て。どんな関係を想像してるんだ」

「そんなのセフ──」

「断じて違う!!」



 酔ったあの人の本性を知ってるから言えるが、彼女でもなければ肉体関係でもない!



「じゃあ何してたんすか!」

「何って、マッサージだけど」

「……ふぇ……?」



 急に冷静になったな。

 キョトン顔で壁と俺を交互に見る。おい、そんなに首振ると取れちゃうぞ。



「そ、そんなの嘘っす! どうせえっちなマッサージだったに決まってます!」

「いや、健全なマッサージだよ」

「ふーん! 信じないっす! 健全なマッサージであんな声出ないっす! それが本当なら、私で実演してみて欲しいっす!」



 えぇ……まあいいけど。



「疲れてるから、30分だけな」

「どーぞっす!」






 30分後。



「…………」



 清坂さんは、フローリングの上で痙攣してぶっ倒れていた。



「だ、大丈夫……?」

「だ、だいじょばないっす……センパイ、Sの素質あるっす……」



 白百合さんにも言われたけど、大袈裟だな。

 しばらくして復活した清坂さんは、ソファーに座って甘々ミルクコーヒーを飲み落ち着いた。



「センパイ、ごめんなさいでした。疑っちゃったっす」

「いや、大丈夫だよ」

「センパイが童貞でそういうことをする度胸がないって知ってたのに、私ったら……」

「事実だけど傷付くからやめて」



 でもまさか、二人して太鼓判を押してくれるとは思わなかった。

 将来はそっち方面の仕事も視野に入れてもいいかも。



「それにしても、体が凄く軽くなったっす! 私おっぱい大きいので、肩こりとか酷かったんすよね!」

「持ち上げるな持ち上げるな」



 確かに高校生離れしてるけど。目のやり場に困るから。



「これからは定期的にしてほしいくらいっす」

「え、定期的にするの?」

「はいっす! ソフレとして、添い寝相手のご機嫌と快眠を保つのは当たり前のことっす!」



 それどこの星の常識??



「なら、清坂さんは俺にどんなことをしてくれるの?」

「はい?」

「ご機嫌と快眠」

「あー、そっか。その理論だと私も当てはまるんすね。むむむ」



 腕を組んで悩み、悩み、悩み。

 ぴこん。何か思いついたのか、目をキラキラさせた。



「ふふふ。センパイっ、センパイはいつも私と寝る時、いい思いをしてるじゃないですか!」

「え、何?」

「超絶美少女、純夏ちゃんと寝ることっすよ!」



 横目ピースをし、アピールするように前屈みになった。

 ちゃっかりしてるな、本当。






「ところで、さっき壁に耳当てて何してたの?」

「あ……ちょ、ちょっと手を洗ってくるっす……」

「????」

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