二三.行く末
「あ、待て。それは違うって」
「え、一緒だろ?」
「いや、全然違う。それ食ったら死ぬぞ」
「……マジかよ」
俺はフェルと狩りをしに来た……はずなのだが、さっきからずっと山菜探しをしている。フェルいわくイノシシやシカなら一・二匹いれば十分らしいので、狩りと言っても基本はこういう地味な作業になるそうだ。だがフェルと違ってどれが食べれてどれが食べられない山菜なのか見分けがつかない。思った以上に集中力を使うきつい作業だ。
「あ、これは正解だろ。ほら」
「ハズレだ。死にはしないけど口やのどに激痛が走る。……あんた、ほんとによく生きてこれたな」
「ぐっ……あっちの世界ではこんなことしなくても生きていけたんだよ」
「はいはい。前にも言ったけど、早くこっちの世界に慣れないと困るのはあんた自身だぞ。あたしたちもいつまで一緒にいられるかわからないし」
「……なあ、フェルはまた旅に出るつもりなのか? その、相手探しのために」
「あー、まあ、どうだろうな。今はちょっと、状況も変わったし……」
「え、もういいのか? 名前と血を残す、みたいなのは」
「いや、それはまあ、継続はしてるんだけど、その……わざわざ探しに行くってのも、違うかなって」
「へえ、獣人種って結構その辺にいるんだな。ちょっと意外だ」
「別にそういうことじゃ……あー、まあいいや」
「え?」
「それよりクロはどうする気なんだよ。なんか目標とかあるのか?」
「うーん、ちょっと考えてみたけどあんまり思いつかないんだよな。なんというか今日生きるので精一杯って感じで。俺含め、亜人とかでも普通に暮らせるようになったらいいなぁとは思うけど」
「……なるほどね。やっぱり異世界人だなぁ。さすがに慣れてきたけど」
「ん、どういう意味だ?」
「ほら、いいから集中しな。毒食っても知らないぞ」
「えぇ……」
この村には墓地が二つある。一つは葬儀場のすぐそばに、もう一つは村のはずれにだ。毎朝そこへ行って掃除をするのがナイトレインの日課だ。そして今、自宅である葬儀場に戻ってきたナイトレインは信じ難い光景を目にしていた。家は半壊し、その残骸の中にロッドとラヴが立ち尽くしている。
「これは……一体何が起こったのだ」
「襲撃を受けた。相手は王宮魔術師。リタを追って村の外に行った」
「……」
「……」
沈黙に耐えかねてロッドが口を開く。
「あいつ、白い髪の姉ちゃんのことキューケツキって言ってた……。それってなんなんだ? なんか悪いことしたのか?」
「……そうではない。だがそのことは誰にも言うな。フェルに迷惑がかかる」
「……わかった。なら言わない」
「珍しく聞き分けがいいな。普段からそうしてくれれば助かるのだが」
「……あなたは最初からリタのことも知っていたの?」
「フェルの友人だ、どうせ訳ありだろう。思った以上にとんでもない連中ばかりだったが」
「……」
「クロほどではないが、お前さんもかなり異質だな。しかし仲間を助けに行かなくていいのか」
「この子を頼むと言われた。置いていくわけにはいかない」
それでもラヴは迷っていた。あのままではリタは確実に死ぬ。だが自分ではあの男に勝てる可能性は低い。人間の子どもなどどうでもよかったが、この子が傷つけばきっとフェルは悲しむ。迷った結果、リタの言葉に従うことにした。人の頼みはなるべく聞き入れた方が良いと、そう教わったからだ。
「ならここはお前さんに任せた。私は二人を追う」
「相手は王宮魔術師、あなたでは勝てない」
「やってみるまでわからんさ」
半壊した家を遠巻きに眺めていた村人たちに、念のため村の守りを固めるように言ってから、ナイトレインは村の外へ走り出した。
ここはどのあたりだろう。かなり村から離れたところまで来たはずだが、未だに背後から迫る強い気配を感じる。万全の状態であれば人間に後れを取ることなどないが、今は徐々に距離を詰められている。
「風よ、刻め」
背後から声が聞こえる。リタがとっさに森の中へ逃げ込むと、近くの木が真っ二つに切断された。立ち止まれば確実に殺される。とにかく逃げ続けなければ。そうは言っても体は思うように動いてくれない。急に光を浴びたせいか、さっきから激しい目まいがする。おそらくこうなることまで見越して、男はこの時間に襲い掛かってきたのだろう。
「風よ、驕り、昂ぶり、怒り狂い、喚き、泣き叫び、彼の者を切り刻め!」
六段階詠唱、今までの魔法とはレベルが違う。逆巻く豪風が大気を震わせ、吹き荒れる
「風よ、連なり、逆巻き、我を守護せよ!」
三段階詠唱、風の鎧で自分の身を守る防御系の魔導術。今の私の力ではこれが限界だ。多少ダメージを軽減することはできるだろう。
男の放った風は森の木々をなぎ倒し、地面すら削る勢いで全てを切り刻み粉砕する。その大気の奔流に飲み込まれたリタにはもはやどうすることもできない。気づいた時には森は吹き飛び、辺り一面更地になっていた。辛うじて体は動かせるが、生い茂る木々がなくなったため、再びリタの体に陽の光が降り注ぐ。すでに体力的にも精神的にも限界だった。
「あ、相変わらずしぶといなぁ、吸血鬼。だけど安心しろ、すぐには殺さない」
そう言って男が近づいてくる。絶望的な状況だがどうにかこの男の血を吸えればまだ逆転の可能性はある。残された気力を振り絞り、男に挑みかかる。
「風よ、刻め!」
至近距離で放たれた魔法は並の人間なら反応できないだろう。だが男は軽く体を傾けるだけでそれを避けた。そして素早く突き出された杖がリタの腹部を殴打する。
「ぐぅっ」
「ほら、もっと鳴いて見せろ……!」
弱り切った今の体ではただの人間にすらまともに抗うことはできない。杖を振りかざす男の下卑た笑いが、いつか見た王や兵士の顔と重なる。誰かを虐げる者はいつだって皆同じ顔をしている。それを恐れ、憎み、いつしか何も感じなくなっていた。こんな私を見たら、あの人はなんて言うだろうか。そう考えた時だけ、私の心は痛みを取り戻す。
「はは、ははははっ! 覚悟しろォ! 吸血鬼ィィィ!」
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