第16話 赤い樹4


 その音がする方を見ると赤い樹が一本、集められた不法投棄のゴミの近くに生えている。


 根、幹、枝、葉の全てが赤い。


 幹から地面へ伸びる太い根がうごめき、少しずつ前に進んでいた。

 

 手に持っている小瓶を落して御鏡は呪符を取り出した。


 そして八卦炉結界はっけろけっかいの術を発動する。


先天せんてん後天こうてん、八卦の壁! 陰陽いんよう狭間はざまにて蓋を閉ざす! 八卦炉結界はっけろけっかい! 急急如律令!」


 地面と空に陰陽勾玉を中心とした八卦が光の線で魔法陣として展開される。


 上空と八面の壁に結界が張られるが、赤い樹の根によって地面の結界は無効になった。


(霊力を高めないと負荷が高いな。……それに地面は根が邪魔で張れないか)


 呼吸を整えながら、落した小瓶を拾って適量の清め塩を取り出した。


 御鏡は周囲にその塩を撒き、略式祝詞のりとを唱えた。


「祓え給へ 清め給へ」


 塩に触れた根は煙を上げ、地中へ引っ込んだ。


 直輝と結花が赤い樹へ向かって走る。


――メキッ! メキッ!


 枝が音を立てて動き、槍のように二人へ突き刺す。


 二人は身を躱すと地面に枝が刺さり、穴が穿たれる。


 さらに二人は避けながら突き進み、赤い樹の幹を周りながら何度か斬る。

 

 生木より表面が硬い。


 しかし刃が入るとそれなりに斬れた。


 深くは切れなかったが、無数に傷を負わせる。


 黒紅色くろべにいろの煙がその傷から流れ落ちた。


 二人で斬った感触を確かめる。


「これなら、太い幹でも刃が通りそうだ」


「そうね。時間はかかるけど、思ったよりやれそうね」


 赤い樹は怒りを表現するかのように、二人へ沢山の枝が上から襲い掛かる。


 枝の圧倒的な手数を刀で弾き流し、受け流して二人は必死に後退する。


 その中、結花が短く声を発した。


「あっ!」


 足元の缶ゴミに躓き、背中から倒れる。


 下草で見えないゴミという足場の悪さが重なった。


 結花は上体を起こしながら足元を確認すると、中身の入ったペール缶が地面に半分埋まって突きでていた。


 倒れている結花へ枝の槍が繰り出された。


 直輝は輝之のことが脳裏に蘇る。


 結花の前に素早く立ち、刀で枝を弾きながら声を掛けた。


「大丈夫か? 結花」


「ええ……大丈夫よ。直輝」


 直輝の心配そうな声に答えながら、結花は起き上がって構える。


 赤い樹が新たな動きを始めた。


――パキ、パキ。


 音を立てながら細い枝が伸びて、長い針のように先を尖らせる。


 無数の細い枝が直輝たちへと一斉に向く。


 刀で払い落とせない数に二人の緊張が高まった。


 御鏡が素早く金行呪符を使う。


「鉄の盾となって二人を護れ! 急急如律令!」


 直輝たちの元へと呪符を飛ばす。


 呪符が周囲にある落ちた空き缶やネジ、地面に転がるゴミなどの金属を分解する。


 二人を護る大きな金属の四角い盾が形成され、枝の槍と降り注ぐ枝の針から二人を護った。


 御鏡は視ながら考える。


(火行は駄目だ。ゴミに携行缶やスプレー缶がある。木行の相剋そうこくである金行でやってみるか)


 御鏡は五行の相性で弱点である金行呪符を持って詠唱する。


「鉄の杭となって突き刺され! 急急如律令!」


 近くにある数本の鉄パイプを分解して、細長い鉄の杭へと変換されて呪符が消失する。


 数本の鉄の杭は樹へと飛ぶが、思った以上に硬くて少し傷付けるだけで地面へ落ちた。


 御鏡が舌打ちする。


(自然が豊かな山だと木行が強い。金行が足りず、相性が相侮そうぶになって効き目がない。結界と盾の維持を止める訳にはいかないし、どうするか……)

 

 木行が強すぎて今の威力だと弱点にならいと悟り考える。


――……ドクン……ドクン。


 枝の針がパラパラと地面に落ちる中、赤い樹の根が脈を打ち始めた。


 根の先に憑いている人間から生気を吸収して傷を癒す。


 直輝は焦って盾の影から踏み出るが、すぐに枝の針と枝の槍が飛んできた。


 結局、盾の裏に戻り動けずにいた。


 御鏡は赤い樹を鏡に映しながら見鬼で視る。


(生気を吸っている!? 人のオーラが根の中を流れているな。……だが、それのおかげで正確な核の位置が分かったぞ! それに、こっちへの攻撃がない理由も。やはり二人に頼るしかない)


 蜜柑色みかんいろのオーラを鉄紺色てつこんいろのオーラへ変換し、生み出す場所を見定めた。


 そして直輝と結花の様子を見る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る