第30話 心霊スポット

 辿り着いたそこは、確かに廃墟と呼べる外観をしている。

 敷地をぐるりと囲む石造りの塀は、ところどころを欠き、コケが染みついている。広くはない庭は荒れ放題で、乱雑な草が高く伸びる。外壁にもコケや蔦が這い、錆びたような色の赤い屋根塗装は大きく剥げている。玄関の木製扉はすっかり色あせ、乾燥のためか、いくつも隙間ができている。雪瑞町にこんな場所があったなんて、知らなかった。噂にはなっているのかもしれない。

 まさしく廃墟だ。ここに人が住んでいるとは、とても思えない。

 中の様子を探るように、息を殺して、慎重に玄関を目指す。

 肩になにかが当たる。驚いて振り向くと、真野さんも驚いた顔をしていた。

「びっくりさせるなよ……」

「す、すみません。どうしても気になって、来てしまいました」

 家主が来たのなら、都合がいい。

「真野さん、先導してもらえますか?」

「は、はいっ」

 玄関の扉を引いて、そっと中に入る真野さんに、心の中でつぶやく。

 外出してたんなら鍵は閉めろ。


 心霊スポットと間違えるほど薄暗い室内を進む。

 くすんだレーズカーテンが勝手に揺れて、古びた机の上のスケッチブックを数枚めくる。

 ここは本当に心霊スポットなのではないだろうか。バクバク言う心臓を手で押さえる。

「窓はいつも開け放しているんです。室内にオイルや絵の具のにおいがこもってしまいますから」

 幽霊じゃなくてほっとしたが、不用心にもほどがある。

 本当に開いている窓辺から外を覗くと、生い茂る草の奥に植物とは違う色の何かが紛れているのが目についた。どこかで見たことがある色だ。

 よく見ようと、窓から外に飛び降りる。見えていたよりも高さがあって、着地時によろけた。

 さっき見えた灰褐色のものは……これか。草をかき分け、手に取る。

「これは……」

 なにかの人形だ。なんだろう。動物だと思う。でも、なんの動物かわからない。可愛さもわからない。

 でも、これを持っている奴ならよく知っている。この人形をぶら下げた鞄を、毎日のように屍蝋部屋で見ているから、知りすぎているほど知っている。

 もぐらだかねずみだかわからない人形を握りしめ、窓枠をつかみ、室内の真野さんに呼びかける。

「真野さん、恋はここにいます」

「えっ、本当ですか?」

「急いで手分けして探さないと」

「えっ、えっと、じゃあ、俺、二階を探してきます!」

 真野さんが走るのと同時に、俺も建物の周りを走る。家屋の裏側、道路からは見えない位置に大きめの小屋が見えた。なんて犯行におあつらえ向きなんだろう。

 近づくが、物音はしない。入口の戸に手をかけるが、開く気配がない。

 窓があったから叩く。

「恋! いるか?! いたら返事してくれ!」

 窓に耳を押し付けて、些細な音も聞き漏らさないよう注意する。

 中からなにかを叩きつけたような大きな物音がした。

「恋?! いるんだな?!」

 学生鞄を思い切り叩きつけて窓を割った。カーテンを手で避けながら、靴のまま中に入る。

 瞬間、濃密なほこりでむせる。

 室内は薄暗く、明るい外との差に、なかなか目が慣れない。

「恋!」

「来るな!」

 小屋の中に掠れた声が響いた。

 恋じゃない、知らない男の声だ。

 また大きな音がした。手をついている壁に振動が伝ってくる。

 だんだんと闇に目が慣れてくると、目の前に人影がなんとなく見える。

「恋?」

「古、賀……せん、せ……い?」

 やっと絞り出したような恋の声が届いて、後先考えずに人影の方に肩から突進した。

「……うっ……」

 誰に当たることもなく、床に激突した。肩と顔の側面が痛い。

 くそ。相手は俺が小屋に来る前からここにいる。俺の行動が見えていたんだ。

「うぐ…っ」

 起き上がろうとした肩に、腕に、脇腹に、何かが強く当たる。物で殴られているのか、踏まれているのかわからないが、全然起き上がれない。

 なにが起きているんだろう。恋は無事なのか。生きているのか。俺は殺されるのだろうか。

 なんとかしてこの状況を抜けて、恋を助けなければならない。

 どうすればいい。まず恋の状態が不明だ。歩けるのか、動ける程度なのかわからない。加えて俺も、今はなんとか歩けそうな気がするが、六秒後がどうかはわからない。更に俺は武器を所持していなければ、格闘技全般の経験も持っていない。せめて小屋の外に投げ捨ててきた鞄があればよかった。教科書やノートが何冊も入っていてそれなりに攻撃力がある。

 待てよ。鞄だ。屋敷の敷地に落ちていたなんだかわからない生き物は、恋の学生鞄についていたものだ。その辺にあるかもしれない。

 動く方の腕を伸ばして周囲を探ると、埃の床の上にある布っぽいものに触れた。それをつかんで、上に向かって振り回す。

 当たった。

「ぐわっ」

 男のうめき声がして、俺への攻撃が止んだ。

 今だ。左腕は痛みで動かないが、足は無事だ。すぐに起き上がって、恋のところへ急ぐ。

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