【33幕】リングは友情を生むかもしれない舞台

「ゼオンさん。まともな教授はいないんですかね」


「そうか? 俺は、楽しいから良いと思うが」


 競技会本戦の当日、ゼオンは開始前に、マルスから一戦目の試合について再度説明を聞いていた。付け加えられた説明は、試合の闘技場について。1mほどの架台の上に、一辺が6mの床面にマットがひかれており、四隅に1mの鉄柱が設置されている。鉄柱を、四本のロープで結ぶ形で、周囲を囲う形である。マットは、ある程度の衝撃を吸収する仕組みで、怪我の防止に配慮している様だ。リングと呼ぶらしい。


 カリフから聞いていたいたが、本当にやるとは思わなかった。マルスは最近、興行格闘技にはまっていると聞いていた。闘いを、エンターテイメントとして観客に見せるスポーツ。これを、どうにか競技会に取り入れたかったらしい。一戦目が体術戦となった理由だ。


 よくよく考えると、失敗の隠蔽と職権の乱用で、競技会の内容が決まっているでははないか。ロイドの言うとおり、まともな教授は、いないのかもしれない。気にしても仕方ない。ゼオンは、とりあえず一試合目の観戦に、集中することにした。ロイドは、まだボヤキ続けている。


「それにしても、泥試合だな」


「ゼオンさん。それを言っては、駄目なんじゃないですか」


 『第一試合』は、カレン研究室のマーキーとスービー、ガーラ研究室のセレスとロビン。カレン研究室は魔導工学の専攻。ガーラ研究室は、魔導治療学の専攻。どちらも体術とは、無縁の研究室である。予選会は、魔術を駆使すれば、問題が無い競技である。アイスクリームは、まあ、別であろう。胃袋の問題だ。


 基本的な体術は学習しているが、あくまで基本。学生の授業レベルでは、ゼオンから見ると、酷い様である。世間一般的には、腕が立つ部類であろう。だが、実践経験や修練の時間が、またまだ足りないとゼオンは感じた。

 

 時間はかかったが、カレン研究室のマーキーとスービーが泥試合、もとい接戦を制した。一試合目の終了を、マルスが告げた。

 

◇◇◇◇◇◇◇



「第二試合を始める! カリフ研究室からゼオン、そしてロイド! マルス研究室からアルーザ兄弟! ナノとニロ! 」


 リングの上で、後方宙返りをするナノとニロ。会場が湧く。ゼオンも、負けじと、リングの四隅に設置された鉄柱の一つに登り、リングに向かって、前方に回転しながら飛び降りた。ロイドは、静かにリングに入ってきた。


「今日は、楽しもうや! 勝つのは、俺たちやけど」


「それは、俺の台詞だ」


 ゼオンは、ナノとニロと握手を交わした。マルスの試合開始の合図が響きわたる。まずは、ゼオンから闘う。この試合での制約は、二人を同時に相手にすること。ハンディキャップになっているかは、分からないが、見ていて面白そうだからという理由らしい。適当さが、カリフらしい。


 ゼオンは制約を守るべく、リングからロイドを下ろす。ロイドは、大丈夫かと口にはするが、顔は嬉しそうであった。闘わなくてすむという気持ちが、顔に出ている。


 ゼオンは、リング中央で二人の出方を見る。ナノとニロは、互いに反対方向のロープに向かって走り出した。ロープにぶつかりその反動で、また反対側のロープに向かって走る。反動が加わり、二人の速度が増していく。


 前からナノが、後からニロが走ってくる。後からナノが、前からニロが。段々見ていると、感覚が狂ってきた。恐るべき、双子の容姿。同じ顔の、高速往復地獄。ゼオンは、もはや、何を見ているのか、わからない。そんなことを考えていたら、首に強い衝撃を感じていた。


「アルーザ式! ダブルラリアット!!」


 ナノとニロが、ゼオンの喉にめがけ、伸ばした腕を叩きつける。二の腕で、首を挟まれたと気がついたときには、ゼオンはリングに片膝をついていた。


「なかなか、やるじゃないか。もう一度、見せてみろ」


 ゼオンは、双子ならではの連携力、こんなにも息が合うものなのかと、驚き以上に、楽しくて仕方がなかった。次は、攻略したい。ゼオンは、同じ技をしかけてみろと、挑発を繰り返す。


「流石やな! まともに食らって、倒れんとはな。お望み通り、もう一回、食らわしたるわ」


 ナノとニロが、再び走り出す。ゼオンの目の前で、高速の交差が繰り返される。ゼオンは、二人の気配を読む。技が出される瞬間、呼吸がわずかに変わるのを見逃さない。ゼオンは、その場でしゃがみ込むように、マットに手をつく。二人のあごに向かって、抱えこんだ脚を伸ばして、叩き込んだ。ナノとニロは、後ろに吹き飛び、倒れている。


「なかなか、やるやないか! 」


 ナノが上半身めがけ、突きの連打を。ニロが下半身めがけ、蹴りの連打を仕掛けてきた。ゼオンは、突きを華麗にさばいて受け流す。喉、顎、みぞおち。ナノは、人体の急所が集まる、正中線を的確に狙ってくる。狙ってくる場所に、癖があるなら、対処しやすい。ニロの蹴りは、太腿と脛を狙ってくる。ゼオンは、後ろ蹴りを駆使して、ニロの蹴りを弾いていた。


 二人を相手にしているのに、一人の相手と闘っていると錯覚してしまう、一糸乱れぬ攻撃。ゼオンは、もっと見てみたいと、笑っていた。小技ではなく、大技を。少し、誘ってみるか。ゼオンは、さばく手数を徐々に緩める。突きが、蹴りが、ゼオンの身体に叩き込まれ出した。


「くはっ……」


 ゼオンは、マットに両膝をつき倒れた。。相手に油断させ、大技を出させようと考えた。案の定、二人はのってくる。


「これで、終わりや! 」


 ゼオンは、ナノに持ち上げられていた。肩に担がれて、太腿と肩を押さえられている。ニロがリングの鉄柱に登っている。次の瞬間、腹部に突き刺さる痛みを感じた。鉄柱からニロが飛び、ゼオンの腹に膝を付きたていた。続け様に、ナノが後方にブリッジしながら倒れ込む。マットにうつ伏せに叩きつけられ、背中に

ナノの頭がめり込む。


「どうや! アルーザスペシャルや! 」


 申し分のない、連携攻撃。普通であれば、立ち上がれないだろう。ゼオンには、ダメージはない。魔術がなくとも、鍛錬を積んだ肉体である。並大抵の攻撃は、防ぎ切れる。ゼオンは、終わらせるかと、立ち上がる。


「なかなか面白かったな。終わりにするぞ」


 ゼオンは、そう言うと一気にナノとの距離を縮める。移動の加速で、勢いがついた肘をみぞおちに打ち込む。ナノが仰向けに倒れる。後ろから蹴りを出してきた、ニロの脚を掴み空中に放り投げる。ゼオンは、ロープに飛び乗り、反動を利用して跳躍する。空中で、ニロの両足を掴む。頭を太腿で挟み込み、倒れたナノに向かって落下する。二人は、倒れたまま、起き上がらなかった。


「アルーザ兄弟の気絶により、勝者はゼオン、ロイドチーム! 」


 しばらくしたら、目を覚ますだろう。つぎは、研究室に絡みに行くかとゼオンは考えた。


「さっきの技に名前をつけるとしたら、ゼオンスペシャルか? 」


「それじゃ、アルーザ兄弟の真似じゃないですか」


 労いの言葉とか、勝利の喜びを分かち合うとか、ないのだろうか。ロイドの冷たい指摘に、ゼオンはマットに沈みそうになった。




 

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