第62話 尿管結石の落とし穴

 私が直接経験したことはないが、尿管結石、との誤診で命を落とした、という症例を3例、身近なところで見たことがある。


 1例目は医学生の時だった。法医学の授業だったか、大阪府のM市にある病院で、腰背部痛と血尿を主訴に受診された方、十分な精査をせず、尿管結石として鎮痛剤を処方し帰宅、その後自宅で急変され死亡、解剖にて大動脈解離と診断され、訴訟となっている、という話を聞いた。自分自身が尿管結石で痛い思いをした後だったので、尿管結石は結構怖いなぁ、と学生ながらに思った。


 2例目は1年次研修医の時、九田記念病院で、私の当直の時ではないが、先輩が診察した患者さんで、腰背部痛を主訴に受診。検尿とKUB(Kidney, Ureter, Bladderの略で、腎臓~尿管~膀胱を撮影範囲とするレントゲン写真)を確認、KUBでは明らかな尿管結石は認めないが、血尿が出ており尿管結石と診断し、鎮痛用の坐薬を処方し帰宅を指示した。しかしその翌日心肺停止状態で搬送された、という症例である。


 この方のKUBを放射線科の先生が読影すると、本来は見えるはずの腸腰筋のラインが、片方で消失していた(後腹膜出血のサイン)とのこと。レントゲンの結果は大動脈解離を示唆していたのだが、見逃していた症例である。そしてもう一例は、私が診療所に来る前の話であるが、診療所でも同様の症例があったそうである。


 当直医がある日の未明に、腰背部痛の患者さんを受け入れたそうである。身体所見では、腰背部に叩打痛があったとのこと。血液検査と検尿を行なうと、血液検査は有意な異常を認めず、検尿で血尿を認めたそうである。尿管結石と診断し、鎮痛剤の坐薬を使用し、経過を観察したが、痛みはあまり改善しなかったそうであった。ペンタゾシンの筋肉注射でも痛みの改善に乏しく、当直医は

 「重症だなぁ、泌尿器科医に紹介が必要だな」

 と判断され、翌朝まで処置室で経過を観察し、朝一番で転院調整を行なおうと考えられたそうである。早朝の5時ころ、患者さんが院外に出て、タバコを吸われているのを事務スタッフが見ていたとのこと。


 午前8時前に、早出の看護師さんが検査の準備のため処置室を訪室したところ、患者さんが心肺停止状態になっているのを発見したそうである。速やかに当直医と、たまたま早めに出勤していた孝志先生で心肺蘇生を行なったが、心拍再開せず、患者さんは死亡された。


 従前は、このように病院にかかったのに亡くなってしまった、しかも原因がわからない、というときには、原因究明のために「裁判」となってしまうことが多かった。しかしながら裁判という手法はどうしても患者さん側と医療機関側が敵対関係となってしまい、協力して真相を明らかにする、という形にはならず、お互いに傷つき、傷つけられてしまう。


 なので、法的処置とは関係のない第三者機関が調査を行ない、第三者の立場で真相を明らかにする、というシステムが求められており、ちょうどその時期に大阪府医師会がそのモデル事業を行なっていたとのことだった。孝志先生がご遺族の方にお話しし、この症例をそのモデル事業にお願いすることとなった。O大学の病理学講座で解剖をお願いし、やはりこの方も診断は大動脈解離であった。


 私は、1例目、2例目の話を聞いて、特に2例目は本当に身近に起こったことなので、尿管結石、と思っても必ず大動脈解離(と、可能なら腎梗塞)の除外をするようにしている。九田記念病院時代は、必ず腹部CTを撮影していた。診療所では、時間外で私の余裕があれば、腹部エコーで大動脈と、痛い方の腎臓、腎臓についてはドップラーエコーも行ない、腎梗塞がないかどうか、確認していた。


 尿管結石に限らない。腹痛や腰痛は、命にあまりかかわらない疾患と同じような症状で、命を奪う疾患、また、造影CTのように高次の医療機関でないとできない検査を行なわなければ診断がつかない致死的な疾患もある。胸痛は多くの人が心臓を考え、重症だと考えてくれるので、医師の側も、重症疾患の見逃しがないように、と構えるが、腹痛はありふれた症状で、たくさんの鑑別疾患があり、時にあっという間に命を奪ってしまう疾患もあるので、腹痛は怖いのである。


 上野先生はご自身のことを「腹痛(はらいた)の専門家」と自認しておられたが、私はとても、「自分の診断に自信をもって」腹痛を診ることはできなかった。いつも「見逃しはないか、見落としはないか」と自問し、冷や冷やながら腹痛を診ていたのである。心筋梗塞での心窩部痛は珍しくはない。男性の場合は急性陰嚢症(精巣上体炎や精巣捻転など)も下腹部痛で来られるので、精巣についても配慮が必要である。本当に腹痛は難しい。今でも、特に強い腹痛の方は、冷や冷やしながら見逃しの無いように注意深く診察するようにしている。


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