第25話 政治犯を入院?

 前項でも述べたように、上野先生、北村先生の学生時代は、学生運動華やかなりし時。上野先生も京都大学医学部で何年生かのとき、学年の自治会長をされていたらしい。その時からのつながりがあるのか、様々な市民運動家とのつながりもあったみたいである。


 ある日、上野先生から私に、

 「保谷先生、もし診療所に政治犯の人が入院してきたら、先生は主治医になってくれますか?」

 と問われた。話を伺うと、とある政治犯が長期にわたって収監されており、高齢となってきて心臓が悪くなり、その時点ではかなり全身状態も悪くなっているとのことである。もちろん、刑務所の治療院で治療を受けているそうであるが、その政治犯を支援する団体は、政治権力下での治療から解放し、普通の医療機関で治療を受けさせたい、と考えているらしかった。その話が上野先生にあったらしい。その方は詳細は不明であるがDCM(拡張型心筋症)による心不全とのことであった。支援者の方は、刑務所の治療院での治療は不十分である、と考えているようだが、高齢の方で、DCM、心不全で全身状態不良となれば、何ができるわけでもない。おそらく、治療院の医師も、ご自身の倫理観に基づいて、提供できる最大の医療を行なっているだろうと私は思っている。


 それはそれとして、上野先生からそのような話があったので、私は答えた。

 「この診療所は先生が作られた診療所です。先生が『この患者さんを診てください』と言われるのであれば、受け入れるのには私は抵抗はありません。この診療所で提供できる医療には限界があるので、その限界を受け入れてくれるのであれば、診療所でその患者さんを診ることは大丈夫です」


 そんなわけで、少し覚悟しながらその話を心の中に温めていた。ニュースにもアンテナを張り、「おそらくこの人かなぁ?」という人もあたりがついた。その人を解放しようと活動していた市民団体は頑張っていたが、結局その人が解放されることはなかった。


 「獄中死」となったのは、政府の見せしめだったのだろうか?それはわからない。ただ、私が伺った情報から推測するに、病態を考えると適切な治療を受けていても、予後は不良だと思った。監獄の中なので、実際のところはわからないが、治療院の医師は、国家権力とは関係なく、医の倫理にのっとって、適切な治療を行なっていたと信じたい。

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