第20話 耳鼻咽喉科的疾患の対応

 本来は、中耳炎、副鼻腔炎、扁桃や咽頭、喉頭の疾患は「耳鼻咽喉科」が主科となるが、内科を受診される方も多い。小児であれば中耳炎の方がよく受診される。

 「数日前から鼻汁と咳が出ていて、今朝から熱と『耳が痛い』と言ってます」

 という主訴で子供さんが受診されることは珍しいことではなかった。また、熱源不明の子供の発熱では、必ず両側の耳を診察していた。急性中耳炎についてはcommon diseaseであり、すべてを耳鼻咽喉科医にお願いすることは、患者さんにも、耳鼻科の先生にも申し訳ない。多くの人は「急性中耳炎=抗生剤で治療」というイメージを持っている。しかし、急性中耳炎のガイドラインでは発症後数日はウイルス感染に起因する中耳炎を考え、抗生剤を使わずに注意深く対症療法で観察、改善に乏しければ抗生剤を開始、となっている。


 本来はガイドラインに沿って治療を行なうべきであるのだが、中耳炎については難しいことが多かった。「風邪≠抗生剤」という意識はある程度浸透してきているので、抗生剤を使わず経過を観察することはスムーズにいくのだが、急性中耳炎についてはやはり最初の時点で抗生剤を希望される方が多い。中耳炎の起因菌としては頻度の高い肺炎球菌を考えること、PRSPは増えているが、比較的血流に富み、抗生剤の届きやすい中耳炎なので、抗生剤はAMPCを40mg/kg、後は対症療法薬を処方し、

 「耳の症状がひどくなるようなら、鼓膜切開なども必要なので、耳鼻科の先生に診てもらってくださいね」

 と説明し、帰宅することが多かった。時には鼓膜が穿孔し、膿汁が出ているお子さんも来られ、そのような方は、耳鼻咽喉科に紹介状を作成し、すぐに受診してもらうようにしていた。


 成人では、時々、副鼻腔炎の方が来院されることがあった。

 「1週間ほど前に、熱と咳、鼻水が出て、いったん落ち着いていたのですが、鼻水は続いていて、2日ほど前からまた微熱が出てきて、鼻水も黄色くなり、頭が重く痛いです」

 というような経過で来られることが多い。身体診察時に、前頭洞、上顎洞の叩打痛を確認し、叩打痛があれば、副鼻腔炎と診断、頭蓋骨のX線を撮影することはほとんどなく、こちらについても、やはりAMPCを使って加療を行ない、

 「良くならなければ、耳鼻科の先生に診てもらってください」と伝えていた。


 成人で悩むのは、扁桃周囲膿瘍など、咽頭周囲の膿瘍形成であった。多くの人が「のどが痛い→内科へ受診」と考えておられるようで、急性扁桃炎などの患者さんは平均して、週に1~2人、受診されていた。

 

 多くの方は細菌性扁桃炎であり、ゆっくり口を開けてもらうと、膿栓が付着したり、あるいはべったりと膿がついて、累々と腫れている扁桃と、頚部リンパ節腫脹を認め、40度近い高熱を出しておられている。Centor scoreについては一応確認し、全例に溶連菌迅速キットで溶連菌感染の有無を確認していた。溶連菌迅速検査が陽性であれば、「溶連菌感染に伴う扁桃炎です。抗生剤を使って24時間で感染性はなくなります。24時間以上たって、熱が下がり、体調が戻れば仕事に復帰してもらっていいですよ」と説明し、やはり抗生剤はAMPC(うちにはPCGは置いていなかったので)、後は鎮痛解熱剤を処方していた。

 「点滴してほしい」

 と希望があれば、CTRX 1gを点滴し、帰宅してもらっていた。


 小児の急性扁桃炎も同様に対応していた。悩ましいのは溶連菌迅速検査が陰性の場合であった。幼稚園~小学校の年齢の子供さんであれば、咽頭培養を取り、抗生剤はクラバモックスを用いていた(経口第3世代セフェムはバイオアベイラビリティが低く、基本的に使わないようにしていた)。中学生~成人で迅速溶連菌検査が陰性であれば、伝染性単核症を鑑別する必要がある。患者さんはほとんど高熱を出しているので、結果を説明し、

 「症状も強いので、点滴と血液検査も追加させてください」

 と伝え、まずは抗生剤なしで点滴路を確保し、採血を行ない結果を待った。多くの場合は、肝機能に異常なく、強い炎症反応を呈していた。問診で、経口摂取が可能かどうかを確認し、

 「痛みで飲み込むことができない」

ということであれば、入院可能な耳鼻咽喉科のある高次医療機関に紹介していた。経口摂取が可能であれば、点滴内にCTRX 1gを追加、少しLemierre症候群のことも考え、いわゆる「オグサワ(オーグメンチン+サワシリン)」を抗生剤として選択、その他、乳酸菌製剤、NSAIDsなどを処方し、症状が悪化するようなら耳鼻科を受診するよう指示していた。


 年に2,3人、著明な白血球増多と炎症反応は低値、肝酵素の著増を認める方がおられた。これは「伝染性単核症(IMと略す)」という、主にEpstein-Barr virus(以下EBVと略す)の感染によっておこる、全身性のリンパ性疾患であり、抗生剤は有効ではない。持続感染のため、8割近くの成人がウイルスを持っている、とのことだが、乳幼児期にEBVに感染しても、ほとんどが無症候性感染である。しかしある程度の年齢(思春期以降)の方がEBVに初感染すると、全身のリンパ節腫脹(扁桃もリンパ組織)、肝脾腫(脾臓はリンパ組織、肝臓もリンパ組織でもある(網内系と呼ばれる))を来し、1~2か月の経過をたどる疾患である。ウイルスを有する方とのKissなどで感染がおこるので“Kissing disease”とも呼ばれている。いわゆる「AYA世代」の疾患だとされているが、診療所で経験した症例は30~40代の方が多かった。


 IMの方には治療薬はないので、対症療法が基本となる。IMで一番問題になるのは、脾腫がひどく、時に脾破裂を起こし、これは致死的になる。なので、患者さんには病気の説明、2週間は運動禁止(日常の生活は可能)、2週間後から軽いjog程度はOK、身体がぶつかり合うことが多いサッカーなどは2か月の禁止を伝えて、具合が悪ければ再診すること、またご本人の同意を取り、原因ウイルスとして多いEBV、サイトメガロウイルスと、最近は原因ウイルスとして増えているHIVについては外注検査を提出し、2週間後に結果を聞きに来てもらうよう伝えていったん帰宅としていた。HIVによるIMは経験したことはなかったが、上記3つのウイルスいずれも陰性で、しかし外注検査では異形リンパ球を伴うリンパ球上昇と肝障害を呈しており、IMとして矛盾しない症例もしばしばあり、悩むことは多かった。


 これまでは、比較的よく経験し、外来でfollow可能な耳鼻科的疾患の話をしたが、以下は、緊急を要する耳鼻科疾患について話をしようと思う。


 半年に1度くらいの頻度だったと思うが、

 「のどが痛くて、水分も取れない。口を開けるのもままならない」

 という主訴で来院される方がいた(主に成人)。もちろん40度近い高熱を出しておられる。口を開けるのもつらい、と言われるが、慎重に、ゆっくり口を開けてもらうと、片方の扁桃(本当は扁桃の根本)がひどく腫れており、口蓋垂(のどちんこ)が健側の方に押しやられている所見が見られる。これは「扁桃周囲膿瘍」(扁桃の奥で膿瘍(おでき)を作っている病態)を強く疑う所見である。膿瘍についてはどこにできていても、治療の基本は

 「切開・排膿・ドレナージ」

 であり、この場合も膿瘍を穿刺し、排膿したうえで抗生剤治療が必要であるが、扁桃周囲膿瘍の穿刺は、トレーニングを受けていないとなかなか恐ろしい。耳鼻咽喉科の教科書には「この辺り」と図には書いてあるのだが、実際には膿瘍の周囲には重要で大きな動脈などが走っているので、未経験者である私には怖くてできない手技である(おそらく、耳鼻科医の指導の下、数回経験すれば、できるようになるのであろうとは思っているが)。なので、このような患者さんが来られたら、速やかに高次医療機関の耳鼻咽喉科に紹介していた。なぜか、土曜日の午後に扁桃周囲膿瘍の患者さんが来られることが多く、この場合は、府内で1か所の「府立中央急病診療所」を案内し、紹介状を書いて受診してもらっていた。


 診療所で急性喉頭蓋炎を経験しなかったのはラッキーであった。おそらく疑わしい人は、頚部軟線撮影を行ない、すぐに転送の用意をしなければならないのだろう。気管切開をするような道具はなく、輪状甲状軟骨を穿刺して緊急で呼吸を確保するキットも置いていないので、おそらく輪状甲状軟骨部に18Gの留置針を4本ほど刺して、呼吸路を確保し、対応できる救命救急センターレベルの病院に搬送する以外に方法はないのだろうと思っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る