第二一話:精霊契約


「来てくれた」

「フォンセ。うん来たよ。約束は守る方だしね」


 すっかり夜も更け、時間的にはもう深夜だと思う。僕はフォンセに言われた通り、一人でこの場所にやって来ていた。ここで過ごしていた時も基本一人だけど、精霊たちが一緒に居てくれる事が多いかったから完全な一人と言う訳ではなかったかも。

 今回はそんな何時もの精霊たちも居ない。と言うより、フォンセが事前に伝えたのか、この場所の周辺には精霊の姿が見えない。森から聞こえる魔物とか動物たちの鳴き声くらいかな?


「それでフォンセ……話したい事って言うのは?」

「ん」


 僕が聞けば、フォンセは静かに僕の顔を見る。夜に溶け込む、漆黒の髪に漆黒の目。夜風が僕とフォンセの長い髪を揺らす。そして今回ぬいぐるみは持っていないようだった。


「ネージュ。私と契約しない?」

「んぇ?」


 そしてフォンセの口が開き、予想外の言葉に何とも間抜けな声を出してしまう。


「契約?」

「ん。精霊との契約。聞いているよね?」

「まあ、一応はね」


 精霊契約。

 名前の通り、精霊と契約を交わすと言う事。精霊契約をすると、お互いより強固な絆で結ばれ、契約者は精霊の力を使えるようになる。最も、精霊契約をしている存在はそこまでこの世界には居ないと言う事らしいが。


 精霊と契約者……お互い支え合う事も出来るようになり、精霊の魔力を借りたり、逆に精霊が契約者の魔力を借りたりとか等する事も簡単になる。

 契約はお互いがお互いを認める事で可能となる。精霊の力を借りて、自分の力を増幅させたりすることも可能だ。そして、霊体化状態になっていても、契約者であればその姿を認識する事が出来、お互いの場所も分かるようになる。


 まあ基本的に精霊は姿を見れないので、結局は精霊側が姿を現さない事には契約は出来ないけどね。でも精霊とて、感情がない訳ではない。フォンセやアクアたちを見て分かる通り各精霊には意思がある。

 更に言えば、一緒に遊んだ精霊の事を思い出せば分かると思うが、大精霊や精霊王に限らず、上位精霊や中位精霊、下位精霊にも意思がある。


 そう、精霊にも意思がある。だからこそ、人間やエルフや、ドワーフ……種族に限らず精霊が惹かれる事もある。


 話が逸れてしまったが要は、精霊たちも人類と変わらずに暮らしていると言う事だ。環境は違えど、各個人に意思があるし、感情もある。精霊がある人間に心惹かれると言う事だってあり得ると言う事だ。


「ん。だから私と契約しない?」

「契約……でも、僕は元は人間だったけど今は精霊だよ? 精霊同士で契約なんて前例あるの?」

「ないと思う」

「ないのか……」


 そうなのだ。

 精霊契約は精霊と人の間で交わされる例しかない。話を聞いていれば分かるけど、精霊と精霊が契約するなんて事は聞いてない。少なくとも僕は教えてもらってない。


「と言うか、フォンセ……僕と契約ってそれはどうして?」

「ん。私がネージュに惹かれたから」

「惹かれた……?」

「そう。一緒に居るうちに、ネージュの事が気になった。もっとネージュの事を知りたいとも思った」


 そう語るフォンセは真剣な顔だった。少なくとも嘘を付いていると言う訳でもないし、冗談と言う訳でもなさそうだ。元よりあまり表情とか口数が少ないけど、無い訳ではないからね。笑顔だって見せる時は見せるし。


「最初は、異世界人で精霊になっているって言う事で好奇心だったけど……」

「あはは、僕の事例は特殊らしいしね……」


 特殊と言うより初めてか?

 街でアリスやシルフに聞いた異界から勇者がやって来たっていう話は、言い伝えなので本当かどうかは分からないけど、勇者は人間だったらしいよ。

 仮にその勇者が異世界からやって来たとして、勇者は人間のままこの異世界にやって来たって事だからね。僕の場合は、地球と言う世界では人間だったはずなのにこの世界では精霊になっている。そこが違うよなあ……同じと言うか似た感じ? 分からないな。


「ん。それで、一緒に居た時は楽しかったし、ずっと居たいと思い始めた」

「……」

「だから……もっとネージュの事が知りたい。もっと一緒に居たい。本音を言うならここから出て行かないで欲しい」

「フォンセ……」


 普段言葉数が少ないフォンセがこんなに話すのは初めてかもしれない。でも、僕に惹かれた、か……悪い気はしないけど。惹かれたの意味がどういうものなのかも、何となくわかる。


「でもそれは我儘。ネージュだってネージュの目的がある。それでも一緒に居たい……だから契約」

「それで……」

「ん」


 僕を何処か不安そうに見て来るフォンセ。

 ……確かに、契約すれば一緒に居られる時間はかなり増えるだろう。お互いの場所も分かるし、フォンセの場合は転移が使える。だから一瞬にして僕と合流する事も可能だろう。


 でも、フォンセは闇の大精霊だ。闇を司る存在。こんな僕が契約しても良いのだろうか?


「ふふ。大精霊だって精霊なんですよ。なので大精霊が誰かに惹かれる事は可笑しくありませんよ」


 そんな中、第三者……精霊王のティタの声が響く。


「ティタ?」

「い、何時からそこに居たの?」


 何の気配も感じず、するりと姿を現すティタ。フォンセも流石に少し驚いている様子だ。僕? 僕も驚いているよ。とはいえ、ルミエールとかシルフという前例があるので慣れたと言うか、そんな感じだ。


「最初から、です。ふふ」

「っ!」


 いたずらっぽく笑って言い放つティタに、フォンセは顔を赤くする。可愛い。……はっ!? 僕は今何を……。


「精霊王ですし、ちゃんとこう言った所も見ないといけませんし」

「ティタの馬鹿馬鹿馬鹿」

「痛いです、痛いです! かなり力入れてません!?」


 ドカドカと顔を赤くしながらティタをグーで叩いているフォンセ。これがポコポコとかだったらあれだけど、僕から見ても分かるくらいあれ、力入れているよね?


 まあ、痛いとか言う割にはティタは全然余裕がありそうだけど。取り敢えず、そんな光景が少しの間続くのだった。




☆☆☆




「……コホン。と言う訳で、私としては特に反対しませんよ」


 わざとらしく咳をしながらティタは告げる。

 そこそこ長い間、フォンセに叩かれていたけど、ティタには目立った外傷もないし余裕すらありそうだった。流石は精霊王と言うべきか。伊達に全精霊を統べている訳ではない、か。まあ、所々抜けているけど。


「大精霊だって精霊です。そして私だって精霊王ですが精霊です。こうやって感情だってあります。なので、誰かに大精霊が惹かれると言う事もあり得なくないと言う事です」


 そっか。精霊王であるティタだって精霊に変わりはないもんね……。


「もちろん、大精霊と言うのは知っての通り強大な力を持っています。そんな大精霊と契約する……それがどういう意味かは分かりますよね」

「うん」

「ん」


 上位精霊たちとは違い、大精霊はその属性全てを統べる存在だ。その力も強大だ。下手をすれば大惨事を引き起こす恐れだってある。


「その力を背負う覚悟はありますか? そしてフォンセもその強大な力を他者に与える覚悟はありますか?」

「ん。私はもう覚悟しているし、決めている。ネージュと契約したい」


 ティタの言葉に力強く答えるフォンセは、可愛いのもあるけどかっこいいとも思えた。


「ネージュは、その力を背負う覚悟はありますか?」

「いやちょっと待って? まだ契約するとは決めてないよ!?」

「えー? もう契約する流れじゃないですか」

「どういう流れ!?」

「ネージュは私と契約するの、嫌?」

「うっ!?」


 そんな目で見ないでくれ。


「まず、精霊同士が契約って出来るの?」

「出来ますよ? 精霊同士だって。とはいえ、事例はかなり少ないのですけどね。それこそ人と契約するよりも」

「出来るんだ……」

「はい。そうでなければ、こんな契約の流れにしないじゃないですか。精霊同士でも可能です。そして契約した後についても、既に知っていると思いますが人と契約した時を同じような感じになります。まあ、精霊と精霊ですので、人と精霊に比べるとかなり強力になりますけどね」

「強力……」


 それもそうか。

 だって、精霊単体だってそんじょそこらの人と比べれば強いのだから。そんな精霊同士が契約したら……そりゃあ強いよね。僕の場合は闇の大精霊相手だし……そしてそんな僕自身も全属性が使える特殊な精霊な訳だ。


「ネージュとフォンセが契約したら、もう普通に世界乗っ取れるのでは?」

「そこまで!?」

「ん。ネージュが望むなら……」

「いや、世界乗っ取りとかしないからね!? と言うかそんな事したらティタたちも動かざるを得なくなるよね!?」

「いえ別に?」

「え!?」


 精霊の役目は世界を見守る事だよね? こんな異世界のわけわからん存在が世界乗っ取るとかしたら、流石に動くはずなのでは!?


「私たちの役目は世界を見守る事にあります。今回のような精霊に実害を与える場合なら動きますが、与えないのであれば動く事は基本ないですよ。世界を乗っ取ったとしても、それはこの世界の一つの行く末です。精霊にとっては些細な事ですね」

「oh……」

「世界を壊すとかそう言うのではないですしね。何て言うのでしたっけ? あ、天下統一? ですかね」

「天下統一って……間違ってはいないか」


 世界を乗っ取ると言う事は、世界を一人で支配するというのとほぼ同じだし。いや、しないけどね?


「フォンセはこんな僕と契約して良いの?」

「ん。もちろん、大歓迎」

「そ、そっか」


 即座に返されると反応困るな。


「……分かった。フォンセがそこまで言うなら」


 僕もフォンセと一緒に居るのは嫌じゃない。日本人に近い容姿をしているって言うのも多分、少しはあるんだろうけどそれでも、フォンセと一緒に居ると僕も楽しいと言うか……。


「では改めて。フォンセはその強大な力をネージュに与える覚悟はありますか? また与えた力に対して責任を取る覚悟はありますか?」

「ん。変わりない。決めた事だから」

「そうですか……その強い意思、精霊王である私ティターニアが見届けました」


 そう言った後、今度はティタは僕の方に顔を向ける。


「ネージュは闇の大精霊たるフォンセの力を背負う覚悟はありますか? またその力に責任を持つ覚悟はありますか?」

「ある。僕もフォンセと居る事は嫌じゃない」

「二人の覚悟、見届けました。……精霊ネージュと闇の大精霊フォンセの契約を認めましょう」


 ティタがそう言うと、フォンセが僕の方に近付いてくる。


「ネージュ、契約」

「契約ってどうするの?」


 凄い今更だが、契約する時はどうすれば良いのだろうか? ティタはあくまで見届け人だし。


「最も効果的なのは互いに口づけをする事」

「く、口づけ!?」

「ん。と言っても口づけじゃなくても大丈夫。両手を出して?」

「え? あ、うん。はい」


 フォンセに言われたので両方の手を差し出すと、フォンセも手を伸ばし、僕の手を掴む。お互い対面した形で手を握った状態となり、そしてそのままフォンセにされるままで居ると、互いのひたいが触れ合い、光を放つ。


「!」

「落ち着いて」


 突然光りだし、驚いた僕をフォンセは制止する。

 何だろうか? こう、何かが出て行っているような感じと逆に何かが僕の中に入ってくる感じが同時に襲って来る。でも別に不快なものではない。これが契約だろうか?


「ん。これで契約は終わり」


 しばらくそんな感覚に襲われていれば、何時の間にかなくなっていて、さっきまでの光も消えていた。


「これが……契約」


 何て言うのかな。身体に力がみなぎっているようなそんな感じだ。他にも、自分の中にフォンセの存在を感じ取れる。


「無事終わったみたいですね」


 ティタがそう言った所で契約したと言う事を実感する。うん……今までとは違う感覚はするものの、特に大きな変化はない感じかな? 自分の身体を再確認する者の、特に目立った変化はなかった。


 そんなこんなで僕は、フォンセとの精霊同士の契約を交わしたのだった。





【あとがき】

実はメインヒロイン(予定)はフォンセだったり()

なぜかは、今後分かるかもしれませんね←

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