第13話

「《大火球グライア》」


 頭上に浮かぶ火の玉が僕の魔力とその変換に応じて、大きさを増す。


「そうそう。その感覚を身体に覚えさせて」


 僕は今、オルレアーヌ姉様に魔法を教えて貰っている。理由は単純。それはオルレアーヌ姉様が「特訓よ!!」と朝早くから起こしに来たからだ。


「これくらいでいいわね。もう解いていいわ。さて、《大火球グライア》を覚えたのなら炎魔法の幅がかなり広がったわ」


 そう言うと、お姉様は撫でるように空に腕を滑らせた。


「《火玉包囲網ラグライア》、《緋穹レイグル》、《那々光ムランド》。これらが《大火球グライア》を応用する魔法の代表的な物ものよ」


 3つの大きな火の玉は各々姿を変え、或いは無数に分裂し、圧縮し、鋭利な形へと成る。


「さあ、お手本の次は実践。最初に言ったように魔法はセンスよ。習うより慣れろ なんてよく言ったものね。ま、その都度アドバイスはしてあげるからとりあえず《大火球グライア》を出してみなさい」


「《大火球グライア》」


 無明の世界に1点の紅球。僕らの白い肌が照らされることで、白黒の境界が深くなる。


「じゃあ次は《火球包囲網ラグライア》ね」


「えぇ......と」


「無駄に考える必要はないのよ。まず前提として、式と陣が用されるのはそれらが簡略化された力の変換装置だから。でも、それって回りくどいことよね。結局、その現象の発生源は自分自身なのよ? なら、自身が変換装置の役割を果たしたのならわざわざ式や陣を介さなくても魔法を行使できるようになるわよね?」


「う、うん」


 捲し立てるように羅列される言葉に僕の思考は追いつかない。どうしてオルレアーヌ姉様は......


 ポシュン と音を立てて大火球は消えた。僕の焦りと迷いから力の流れが乱れて、形を保つことが出来なくなったからだ。


「はぁ......。いい? ガルマ。 魔法は人間から伝来した技術。元々、あたしたち魔族に魔法なんて概念はなかった。そもそも、魔族たちは種族固有の能力しか持っていなかった。その血筋を以て力とする私達にとって、それはまさに革新だったわけ」


 どうしてこんなにも


「魔法は画一的よ。ひとつ、その仕組みさえ理解できれば炎や風だって操ることができるし、嵐や爆発だって起こせる」


「焦ってるの?」


 割って入ってきたのはフランシス姉様だった。


「おはよう、ガルマ」


「お、おはよう」


「で、何しに来たわけ?ガルマは今あたし魔法の特訓をしているわけだけど、あんたも混ざりたいの?」


「やっぱりお姉様は教えるのが下手。今、学ぶべきは魔法の蘊蓄じゃない。この子自身が何一つ分かってないのに見ただけでできる訳ない」


 またもや一触即発状態。どうにかしないとまた喧嘩になってしまう。


「わ、わわ」


 でも、2人から発せられる威圧感で身体が動かない!


「じゃあどうすればいいわけ?」


「ちょっとした荒療治。でも、早く覚えさせたいならそれくらいのリスクもガルマに背負わせなければならない」


 と思えば、コソコソと2人で話し始めた。仕方ないので僕も少し離れた場所で自主練習をする。




「なるほど、ね。そうやって身体に覚えさせるわけ」


「明日にでも戦争を始めるつもりなら。でも、ガルマにそんなことする必要はない。そうでしょ? 猶予はまだ何十年と残ってる。それは先日の会議でも変わらなかった」


「ラ、《火球包囲網ラグライア》!」


 無数の灯りが一気に闇の世界を照らす。


「できた!できたよ姉様!魔法は画一的、基本からの応用なんだよね!」


 嬉しそうに顔を歪ませるガルマ。その輝きは何よりも一際に強く、この世界を照らす。


「ほら、ね。やっぱりガルマには必要ない」






「ダメ......」


「え?」


「やっぱりこれじゃあ遅すぎる」


 オルレアーヌの額から一筋の汗が滴る。


「どうして? 私の目から見てもガルマの成長は早い方だと思うけど、何が不満なの?」


 不服気にオルレアーヌの顔を覗き込むフランシスだが、その表情を見て、態度を一変させる。


「もしかして、近いの? の匂い」


「えぇ、向こう50年は停戦状態を保つだなんて嘘っぱちよ。アイツは今にでも始めたがってる。ただ、そのきっかけを欲してるだけ。それが許される大義名分きっかけを」


 嬉しそうにはしゃぐガルマを他所に2人の表情は暗く曇る。


「お姉様の勘では後どれくらいなの? 5年?10年? それまでにガルマが自衛できるほど育ちきれないの?」


「あたしの予想ではもう3年もない。今のままでは開戦リミットまでに魔法、武術、ユーロンの血を完璧に扱えるようになるとは到底思えない。それこそ、死地に放り込んでむりやり覚えさせる他ないほどに。あんたにその覚悟はある?」


 選択と決断を迫る眼差し。しかし、動ずることなくフランシスは答える。


「その必要もない。だって、私たちがガルマを守るもの」


「今のあたしたちにそれができると本気で思ってんの?......フランシス、もしかして─」


 フランシスは無数に散らばる火球を1つ手繰り寄せ、そっと頬に添えた。


「私は家族のためなら誇りだって捨てる。自己満足の戒めと弟の命、何を優先すべきかだなんて愚問すぎる」


「そう。そうよね。いざとなればガルマはあたしたちが守ればいい。あの子とあたしたちのチンケな自戒プライド、どれが大切だなんて語るに値しないことなのに」


 オルレアーヌの瞳が火に照らされ、赤く揺れる。それは迷いか、それとも──。


 フランシスはそれから何一つ言葉を発することなく、ガルマの方を見つめていた。





「3年か〜。いい線いってるね!さすがオルレアーヌ。でもでもでも、正解はなんと!」



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