第4話 回れば何でもいい
~ドライジーネSIDE~
「車輪を下さい」
どうしても座ったまま歩きたかった私は、それを求める。
仮に座ったまま歩けたとして、それでどこへ行くかは後から考える。どこかへ仕事に行くにしても、あるいは実家に泣きついて帰るにしても、移動しなきゃいけない運命に違いはない。
なので、私は早急に車輪が欲しいのだ。
「車輪なんて何に使うん?」
「箒に縛り付ける」
「はぁ?」
ヴォイドはくっきりとした黒い眉毛を寄せて、その間にしわを作った。うーむ。せっかく形の整った眉なのに勿体ない。もっと大事にしたほうがいいぞ。私なんか色も生え方も薄くて、外に出る時いちいち書くのが面倒くさいんだから。
……まあ、今日はスッピンで来てしまったのだけど。
って、それはともかく。
「魔女は箒に跨って飛ぶだろう?」
「まあ、ウチは出来ないけどね。上級魔導士の一部が出来るくらいやな」
「そこで、車輪を付けるのだ。そうしたら箒に跨って、座ったまま歩ける」
「な、何故そんなことを?」
「決まっている。私が立ち上がりたくないからだ。座ったまま歩きたい」
「こ、こいつ、そんな下らない事のためにウチの車輪を――」
あ、いま普通に下らないってディスられた。
「……ま、まあいい。で、車輪、くれるのか?」
「うーん。いや、ウチとしてはプレゼントしたい気持ちもあるえ。でも、父ちゃんが何て言うかなー。あの人、商売以外では何でも許してくれるけど、逆に言えば商売だけは頑固だから……」
「新品でダメなら、中古でもいいぞ。回れば何でもいい」
「いや、専門家として言うけどな。強度とか耐久性とか、いろいろな要素が車輪には必要やねんで。回ればいいとか、そんな――」
そこまで言ったヴォイドは、そこで言葉を止めて視線を上に向けた。
な、なんだ? 何かあるのか? 私には何もない天井が見えるだけなんだが、魔法使いのヴォイドには私に見えない何かが見えるのか?
「うーん。いや、ね。案外、その用途なら壊れた車輪でも使えるのかな、って、ウチはそう思ったんよ」
「どういう事だ?」
「いや、まあ外周が割れちゃった車輪とかは使えへんけどさ。例えばスポークが折れたとか、車軸が少し緩くなったとか、そのくらいの車輪なら箒を支えるくらいの重量には耐えられると思うんよ。馬車や牛車なら重すぎて支えられへんけど」
「本当か? くれるのか?」
「うん。あげるっていうか、家の裏にいっぱい廃棄処分されてるから、好きなの取ってってええよ。理想としては、手で転がしたときにあんまり跳ねなくて、軸がド真ん中を通る個体やえ」
「分かった。探してみる」
「え? あ、おい。そろそろ暗くなるえ。明日でも……」
ヴォイドはそう言ってくれたが、きっと私のやる気は明日まで持たない。下手をすると一瞬でも気が緩んだ瞬間、すべて霧のように溶けてしまうかもしれないのだ。私自信がそれをよく知っている。
なので、立ち止まってはいられない。
「ヴォイド。夜になったら閉店だよな」
「え? ああ、うん。そうやえ」
「その後、工房を貸してくれ。道具も全部。それから箒もだ」
「ほ、箒はダメだって。掃除に使うのが無くなっちゃうでしょ」
「それなら廃材で構わないぞ。車輪がついて、跨ることが出来れば何でもいい」
とにかく、私は一刻も早く、座ったままの生活を手にしたかった。
私の胸は高鳴りを抑えられない。不思議なことに、お腹もすかないし、夜になるのに寒さも感じない。目だってこの薄暗さの中でも、抜群に色々見える。
「よーし、やるぞー!!」
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