第16話 聖女 茜は湖からあっちに行く(前編)

 ※前回までのあらすじ


 魔王領の湖に強い者がいると聞いた聖女、雨宮茜とアッシュは魔王領へと足を踏み入れた。

 湖の情報を仕入れる為にとりあえず立ち寄った温泉で、茜が前に闘技場で戦った魔族のベルと再び出会う。

 闘技場では引き分けに終わった闘いの決着をつける為、2人はぶつかり合い茜は見事勝利を収めた。


 定休日だった湖に行く為に温泉一泊し、気力体力回復して漲る茜は意気揚々と湖へ向かうのだった。


 ※本編156話の辺りで同時進行している話になります。



 ―――――――――――――――――――



「で、何でアンタはそんなに疲れてるのよ……」


「……もう……放っておいてくれ……俺は聖国人としても男としてもダメな人間なんだ……」


「……はぁ?」


 茜とアッシュは湖の畔を歩いていた。観光地という事で人が賑やかに歩いている。


 アッシュは昨日の事が色々ショックすぎて、大切な何かを失ったような気がした。元々女には幻想を抱くタイプであったが、このままでは女性恐怖症になるんじゃないかと不安に思った。


 (……それもこれも全てはコイツのせいだ……)


 アッシュがジトっと睨む先で茜は呑気に土産屋で売っていたソフトクリームを食べていた。


「しっかし、こんな典型的な観光地のどこに強い女がいる訳?」


「あ、そう言えばさっき何か貰ったな……」


 アッシュは先程入り口で貰った紙を広げた。


「何それパンフレット? 本当に観光地ねココ……」


 茜がパンフレットと呼ぶ紙は湖の地図になっていた。そこには綺麗に見えるポイントや休憩場所等が書かれていて、端の方にこの湖の説明が書いてあった。


「なになに… …この湖の透明度が高すぎて、屈折で不思議な色をしています。その水底に写るのは、この世のものでは無いと古くから言われ、『あの世とこの世を結ぶ湖』とも呼ばれている……だってよ」


「あの世とこの世ぉ? てことは死後の世界?」


「死後に世界なんてあるのか? お前がいた世界じゃどうだったのかは知らないが、俺が知ってるのは死んだら魂が輪廻の輪に入り、違う生命へと生まれ変わるって事だぞ」


「それって信じられているとかじゃなくて?」


「だって現に異世界から沢山来てるだろ、魂。誰しもが持っている魂は、核が壊れない限り生命の種になるんだよ。核が壊れたら来世とか無いからな……」


 先代魔王とその妻はそうして魂が消滅した。どんな生物にも等しく魂の核があり、それが無くなると無に溶けるというのがこの世界の常識だが、異世界人の聖女にはピンと来ないようで。


「ふーん……分かるような分からないような……じゃあ結局、この下って何?」


 アッシュは手がかりが他に無いかと紙を見た。


「お? 裏に何か昔話が書いてあるぞ……えーと、ある所に夫婦が居ました。妻は洗濯中に湖に落ち……」


「なるほど、落ちれば分かるって事ね」


「……は?」


 茜はアッシュを蹴飛ばして湖に落とし、自分も後から飛び込んだ。アッシュはあまりの茜の横暴ぷりに驚きを通り越して眩暈がした。

 

(……本当、何でコイツはそうやって強行手段に出るんだ? 湖に入るにしてももっと優しい方法……あるよね? あと何でさらっと俺を巻き込むの? 今更だが行くなら1人で行ってくれ……もう、今更か。ああ……何か水底歪んでるし……想定より深いし……絶対変な所行ってる……)


「ぶはっ!!」


 アッシュが湖面に頭を出すと、一瞬歪んで見えた水底も気のせいだったのか同じ湖の景色だった。隣を見ると茜も泳いでいる。


「……何にも変わらないじゃない。さっきの湖でしょ? ここ」


「俺に文句を言われても、こちとら完全に被害者なんだが……」


 2人は湖から上がり服を絞った。


「あーー!! 本当にここに強い女がいるの??? 全然見当たらないんだけど!!」


 暴れ出しそうな茜を宥めてアッシュはため息をついた。


「……情報が少なすぎる。もう一度温泉に戻って聞いてみよう……」


 アッシュはあまり戻りたく無かったが、手がかりが無い以上仕方がないと諦めた。服着替えたばかりの服が濡れてしまったのにもげんなりとした。



 ★★★



 情報を集める為にもう一度温泉に戻った2人は、入り口近くでベルによく似た男の従業員を見つけた。


「……あの、ベルって言う魔族居ませんか? ちょっと聞きたい事があって……」


「……ベル?」


 ベルによく似た従業員は不可解な顔をして2人を交互にじろじろ見た。

 そして、何かに納得したのか手をポンと打った。


「……何?」


「なるほど。合点がいった。お前は、そう言う事なんだな。あ、いや……お前達の探している物は分かる。待っていろ」


 と言って、ベルによく似た男は建物の中に入って行った。2人には男の言う事が何1つ分からないが、とりあえず待っていろというので待つ事にした。


 言われた通りに大人しく待っていると、男が中から2人の女を連れて男は戻って来た。

 2人には妙に見覚えがある。その2人は魔王と騎士団長によく似ているのだ。


「お前達は強い女を探しているんだろう? つい最近、同じような人に出会ってな。さ、どちらか選んで存分に勝負してくれ」


 そう言って男はずずいと女2人を前に出した。


「ええー、何で私がそんな勝負しなくちゃならないんだよ。アース、貴女魔王でしょ? 相手してやりなさいよ」


「は? 私 はもう何年戦ってないと思ってんだ? お前こそ皇室騎士団長だろ? 戦ってやれよ」


「……ん? 今、魔王と騎士団長って言ったか……? なぁ……お前、何か全部知ってるような事言ってるよな……ここって……まさか」


アッシュは話の流れから嫌な想像をしてしまった……それが現実であるとは考えたくも無かった。


「お前の想像通りだ。湖を通って来たんだろう? ここはお前達のいた世界との並行世界だ。つまり……性別が全て逆転している世界線だな。ふふ」


 ベルっぽい男がニヤリと笑う。


「ほ……本当にあっちの世界に来てしまったのか……?」


「ちなみに、昨日のお前は可愛かったが……男のお前もまぁ、悪くないな」


 ベルっぽい男が冗談なのか本気なのか分からないような事を言い始めたので、アッシュは距離を取った。


「それはマジで勘弁してください……」


「ふふ……」


 アッシュは助けを求めるように茜を見るが、既に戦う気満々なのか2人を笑いながら睨んでいた。


「さぁ……どっちが私と戦ってくれるのかしら……ふふ、ふふ……」


「うわぁ……めちゃくちゃ嬉しそう」


 楽しそうな茜の様子にアッシュは肩を落とし、助けて貰うのを諦めた。

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