第19話 大丈夫→ごめん

「……託す? なにか作戦でもあるの?」


 柊の言に対し、俺はゆっくりと首を振る。


「いや、作戦なんて大層なもんじゃない……ただ、やる価値はある」


「そう…………託すってことはつまり、私にできることはないってこと?」


「まあ、そうだな。状況によっては柊の手を借りるかもしれんが」


 口に出すのは少々憚られたが、それでも俺は言葉にした。


 俺と柊は協力関係にある。それだけに、この要求は彼女にとって納得いかないものだと思ったから。戦力外通告と捉えられてもおかしくない。


「もちろん、情報はこれまで通り共有する……だから、その、どうだろうか?」


 思案気な表情をして黙っている柊に俺は躊躇いがちにそう付け足し、その上でもう一度お願いした。


 すると、彼女はため息をつき、少し呆れたように笑う。


「なにちょっと遠慮してんのよ……私を気遣う必要なんてない。たとえ僅かだとしても、沙世を救える可能性があるなら、迷う必要もない。花厳に託すわ」


「すまん」


「謝る必要もなし! にしても、どういう心境の変化? あんたが積極的になるなんて想像もしてなかったんだけど」


「……別に、俺は至って正常に蛇行運転してるよ……心の話だからな?」


「捻くれたままってことね。ほんと、素が真っ直ぐじゃないんだから」


 いつかの俺が口にした言葉をそのまま引用してきた柊。その表情は心なしか柔らかい。


「けど……あんたのこと、少しだけ見直した」


「そりゃどうも」


「……頼んだわよ?」


「ああ」


 そう短く返して、俺は柊から目を離す。


 程なくして引き戸の開閉音。柊は教室を後にした。


 ――さて、取りかかるとするか。


 五分の待機時間ですら無駄にできない。今やれることはやる。


 まずは片瀬だ。彼女と会って話をしておきたい。手遅れになる前にという前提で、早ければ早いほど良い。できれば今日中に。


『今、暇か? もし暇ならこれから会いたいんだが』


 俺は会いたい旨を片瀬にLINEで送った。


『ごめん』


 返信はすぐにきた。どうやら暇じゃないようだ。


『それなら、明日の放課後とかはどうだ?』


 今日が駄目なら明日と、俺は間髪入れずに返信する。


 が、片瀬からの返事はない。既読はついているのに。




 この時の俺は、そのうち返ってくるだろうと呑気に構えていた。


 けれど、どれだけ待っても片瀬からの返信はなかった。


 自分の解釈が誤りだったと気付いたのは夜もけた頃。


 彼女が送ってきた〝ごめん〟は、断りの意を込めたものじゃなかった。


 俺は迷惑をかえりみずに片瀬に電話をかけるが、無機質なコール音だけが鳴るだけで、一向に繋がらない。


 どうか杞憂きゆうであってくれ……そんな俺の淡い期待は翌日、細い糸をハサミで切るように裏切られる。


 片瀬は――学校に来ていなかった。

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