第18話 託してほしい

「…………ん……あ、寝ちゃってた」


 程なくして目を覚ました柊。


「おはよう。相当お疲れだったんだな」


「え? …………あ、まぁ」


 まだ寝ぼけているのか、柊は片目をこすりながら覇気はきのない声で返してきた。


「……………………」


 しかし、段々と彼女の表情はいぶかし気なものになっていき、自分の体を確認するように触りだす。


「…………あんた、なにもしてないでしょうね?」


 どうやらかなり寝ぼけているらしい。というより、まだ夢の中なんじゃないだろうか? どっちにしろめちゃくちゃ失礼なのは変わらんけど。


「俺になにか良からぬことができるほどの勇気があると思ってんのか?」


「……もちろん、ないと思ってるけど……あんた、『魔が差したんです』ってセリフが似合いそうな顔してるから……」


「おい、どういう意味だよそれ! 俺が痴漢や盗撮をしそうな顔してるって言いたいのかッ?」


 柊はコクリと頷き、身を守るように自分の体を抱く。


「え、ちょっと待って本気で疑ってんの? マジで俺なにもしてないんだけど、無実なんだけど……ちょ、その目ホントにやめて! しまいには泣くぞ? 俺」

「…………ふふふ、必死になりすぎ。冗談よ」


「おまっ……勘弁しろよ」


 からかうような笑みを浮かべる柊に、俺は安堵の息と共にそう零した。


「まあ、痴漢や盗撮しそうな顔してるっていうのは冗談でもなんでもないけどね」


「――それこそ勘弁しろよッ!」


「……あ、もうこんな時間」


 俺のツッコミを華麗にスルーし、スマホを見つめている柊。


 時間を確認するよりも先に俺の両親に謝ってほしんですけど。


 ……まあでも、からかうくらいの余裕は取り戻せたってことだから、良かったちゃあ良かったか。


「私はもう帰るけど、あんたはどうする?」


「俺も帰るよ」


「え、じゃあ一緒に帰ることになっちゃうじゃない」


「うわ、すっごい嫌そうな言い方。心配しなくても、俺は少し遅れて出て行くから」


 それなら文句ないだろ? と、俺は柊を見る。が、彼女は顎に手を添え難しい顔をしている。どこに不満があるのだろうか?


「……なんか、社内恋愛してるみたいでちょっと嫌ね」


 あの、さっきから注文多すぎやしませんかね? なに、俺食べられちゃうの?


 俺は頭を掻いて、呆れを隠さずに柊に聞く。


「なら、どうしろと」


「……まあ、一緒に帰るよりは、時間をずらしての方が100倍いいか……というわけで、私は帰る。あんたは5分経つまでここにいて」


 柊は立ち上がり、俺を見下ろしながらそう命令してきた。結局それなら、ちょっと嫌とか言うんじゃないよまったく。俺だって傷つく心を持ってるんだからね?


「――それじゃ、また明日」


「あ、ちょっと待て。帰る前に聞いてほしいことがある」


「なに?」


 柊は立ち止まり、続きを促してきた。


「片瀬の件についてだが…………俺に任して、いや――俺に託してくれないか?」

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