第32話 とどのつまり、どちらも初体験

 この体勢のままじゃ失礼だろう。そう思い、俺は体の向きを変えて片瀬と向かい合う。


「「……………………」」


 彼女の真っ直ぐな瞳が俺を捉えて離さない。


 俺も彼女の瞳を見つめる。ここで目を逃がすのは失礼だ、そう自分を鼓舞こぶして視線を受け続ける。


「――――ごめんなさい」


 俺は頭を深く下げ断った。


 ……なんだこの、心苦しさは。


 形容しがたい罪悪感。フィクションでもノンフィクションでも、告白する側に焦点をあてがちだが、振る側も結構しんどい。そのことを、俺は地面を見つめながら身をもって知った。


 これを『わけない簡単なこと』と軽んじていたちょっと前の自分は浅かったとしか言わざるを得ない。


 でもこればかりは仕方がないこと。なんせ俺は生まれて初めて振る側の立場に立ったんだから。


 片瀬の言葉を借りるなら初経験。甘く見てしまっていたのは認める、その上でしょうがないと俺は開き直る。


「そっかぁ……残念」


 片瀬の溜息交じりの声が降ってきて、俺は顔を上げる。


「やっぱり柚希ちゃんはすごいなぁ……こんなにも心が痛むのに、それを感じさせないくらい元気なんだもん」


 胸を手で押さえる彼女の瞳が、少しだけ潤んでいた。


「あ――ま、まあ、あれだ……これからも、その、友達として……よろしく」


 女子を泣かせてしまった。それは俺の心を揺さぶるのに十分すぎるぐらいの事実で、反射的に中途半端なことを口にしてしまう。


「……友達のまま、いてくれるの?」


「え? あ、ああ……これまでが友達と呼べる関係だったかと問われれば、ぶっちゃけ怪しいが答えになるけどな」


「そうだね…………でも、そう言ってくれて、嬉しいよ」


 引っ込みがつかず、中途半端を続けてしまった俺に、片瀬はそう言ってニコッと笑った。


「……………………」


 そして彼女は笑顔のまま俯いた。


 タロウが片瀬に近づき「くぅ~ん」と心配そうに鳴く。


「……ごめん、花厳君。今日は、ここでお別れにしよ?」


「え?」


 俺は聞き返してしまったことを後悔した。片瀬の送る視線の先、アスファルトに一つ、また一つと染みが増えていく。もちろん雨は降っていない。


「――わ、わかった。じゃあ、俺は帰るから……また学校で」


「うん……ありがとう……」


「お、おう……気を付けて帰れよ」


「うん」


 片瀬が頷くのを見届けた俺は、逃げるようにその場を後にした。


 ――この時の俺は、片瀬沙世という人間を、まだ一ミリも理解できていなかった。


――――――――――――

どうも、深谷花です。

次回で第一章終わります。お疲れさまでした(笑)

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