第31話 雲のような彼女

 不意打ち、闇討ち、一体なにが起きたのかを理解した時には、もう死に向かっている。そんな気分。


 この流れで、ここまでされて、単なる俺の思い過ごしでした! なんてズッコケ展開はあるのだろうか?


 これがもし、小説や漫画の話だったとして、片瀬にあたるヒロイン的存在が『実は昨日、5000円もする〝うな重〟を食べたんだよね……ちょう美味うまかったっピ』とかしょうもないこと口にしたら、読者はきっと納得しないはずだ。


 思わせぶりもはなはだしい、煽るだけ煽ってオチが寒いんじゃ興ざめだ。俺だったらそっと本を閉じてしまうだろう。


 恋愛経験が豊富かどうかは関係ない。真面な神経をしていれば片瀬がなにを言わんとしているかわかってしまえるはずだ。


 問題はどうしてこのタイミングなのか、だ。


 雰囲気にあてられて口走ったのか? だとしたら柊の名を使って強引にねじ込んできたのも頷ける……いや、にしたって強引すぎるな。


 なんの面白味もない日常会話に脈絡もなく衝撃発言を混ぜ込むような、そんな強引さ。



『次の授業なんだっけ?』


『数学だよ』


『そっかそっか。センキュー。あ、そういえば俺、昨日童貞卒業したんだよね』


『――ええッ⁉』



 たとえではあるが、こんな感じだ。事実、俺も驚いているわけだしな。


 というかそもそも本当に雰囲気にあてられて口にしたのだろうか? オドオド状態の片瀬だったらまだしも、捻くれている彼女はこう、感情の赴くままに! ができなさそうだし……。


 計算された大胆、そう捉えた方がしっくりくる。しかし、どんな考えがあっての一手なのか、見当もつかない。


 ……片瀬が〝告白〟してくることはほぼ間違いないはずだ。そしてそれは、俺が元々望んでいたこと。


 でも、片瀬ババさんと言葉を交わしていくうちに考え直してもいいかもしれないと思えた。片瀬という人間を理解してからでもいいのではと。


 その結果がこれ。彼女を少しでも知ろうと一歩踏み出したはいいものの、その先に広がっていたのは空を覆う雲。試しに手を伸ばしてみてもなにも掴めない。文字通り虚空を掴むことしかできない。



『なにも迷うことなんかない。告られたら振ればいいだけの話。一人で誰からも悪意を向けられない快適な生活を送りたいんだろ? ならそうするべきだ』

『片瀬ババさんの言葉に感化されて考えを改めたんじゃなかったのか? あの気持ちは嘘だったのか? そんなに変化が怖いのか? 結局、慣れきった臆病な自分に安寧を求めるのか?』



 全部全部、自分の気持ち。


 けれど、いくら考えようと、迷おうと、自分を責めようと、もう意味がない。


 いや、正確に言えば〝時間がない〟が適当だ。


「――あのね、花厳君」


 だってもう、告げられてしまうのだから。


「あたし、あなたのことが」


 そしたらもう、俺にできることは一つしかないんだから。


「好きです。大好きです。だからよければ、付き合ってください」


 振ることしか、できないから。


――――――――――――

どうも、深谷花です。ここまでお読みくださり感謝。

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では

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