第87話 決意

 俺はクロシェットを連れて、ミシェルの居室に帰った。

 まだ黎明の時分だと言うのに、嫁ちゃん達はみんな起きていて、俺とクロシェットを迎えてくれた。


 「みんな、紹介するよ。ベルちゃんの妹のクロシェットだ。

 たった今、創生の水晶から生まれてきたんだ。」


 「「「「「「・・・・・・?」」」」」」


 「マスター。説明が下手すぎ!

 だれも理解できてない!」


 ベルちゃんがプリプリ怒っている。


 「えっと、クロシェットなの。マスター♡のお嫁さんになる為に生まれてきたの。仲良くしてね・・・」


 クロシェットは俺の陰に隠れながら、みんなにそう挨拶をした。


 「もちろんよ、クロシェット様。

 私はサーシャ。さあ、あっちでみんなとお話ししましょ。」


 サーシャはそう言って、クロシェットの手を引いて、みんなでリビングのソファーに座りながら、クロシェットとガールズトークを始めた。


 すると、クロシェットの頭にとまっていたベルちゃんが宣言した。


 「お嫁さん会議を始めます!」


 「「「パチパチ、パフパフー」」」とサーシャ、エリクシア、ヴァイオラが囃し立てた。


 えっ?なんだそりゃ?


 「お嫁さん会議なので、マスターは退場!

 セレナ!どっか連れて行って!よろー!」


 「はい。ベル様。

 ご主人様、さっ、行きましょ!」


 セレナは、そう言って俺の手を取った。

 セレナには、“まだ”お嫁さん会議に、参加する資格がないそうだ・・・。


 二人で廊下を手を繋いで歩いていると、沢山の人が水晶の間に向かっているのに出くわした。


 前を歩いている猫種?の女の子に尋ねた。


 「みんなでどこ行くんだい?」


 五、六歳位の子だろうか、「使徒様!」と言って、慌てて跪こうとするのを止めて話を聞いた。


 「これからみんなで朝のお勤め、払暁の祈りを行います。

 お祈りはどこで行っても良いのですが、神聖な水晶の間で行った方が、神様を身近に感じられるので、みんな水晶の間でするんですよ。」


 まだ、小さい子なのに、しっかりとした受け答えだった。


 俺達は、その小さな女の子に付いて水晶の間に入って行った。

 

 水晶の間ではたくさんの人が、創生の水晶に向かって跪いてそれぞれの祈りを捧げていた。


 俺達も創生の水晶から少し離れて膝を付き、お祈りを捧げた。


 『・・・アフロディーテ様、おはようございます・・・』


 『・・・あら、ダーリン♡ おはようだっちゃ♡・・・』


 本当に天界に近いみたいだ・・・。


 アフロディーテ様の念話が届いたとき、巨大なドーム天井から朝日が創生の水晶に差し込み、部屋中にバラ色の光線を乱反射させていた。

 水晶から一条の光が俺の胸にも届いて、柔らかでくすぐったくなるような感覚が胸全体にひろがった。

 

 朝日と共に、ドーム天井はまた元のアイボリーの石肌に戻って、柔らかな間接照明のような光で覆われた。

 こうしてここでは夜と昼とが交代するのだった。


 祈りが終わると、女の子は朝の仕事があると言うので、俺とセレナはそれに付いていくことにした。

 なにせ、する事がない。


 女の子は外に出て、天聖宮の建つ丘の西側に広がる畑に向かった。

 そこでは沢山の老若男女が、額に汗し働いていた。


 女の子は、小さな子供たちが担当している区画に俺を連れて行き、夏の作物が実っている一画で草むしりを始めた。


 「夏は野菜が沢山出来るので嬉しいのですが、雑草が多くて大変です。」


 額の汗を拭きながら、笑顔で俺にそう語った。


 俺とセレナも一緒になって、子供たちの区画の草むしりを手伝った。


 よく見たら、この畑の土は、丘の痩せた高原の土とは全く違って、豊かな壌土に見えた。


 「良い土だな・・・」


 俺がそう呟くと、女の子は嬉しそうにニッコリ微笑んで教えてくれた。


 「私達、毎日豊穣の女神アフロディーテ様と、農耕の神 マーヴォルス様にお祈りを捧げているんです。

 もちろん、みんなでこうして世話をしておりますが、この神様に一番近い土地だからこそ、祈りによって豊かな土になるのですよ。」


 「へえ?詳しいんだね。」


 俺は、何気なく女の子にそう尋ねた。


 「はい。貧しかったけど、両親はホーラントという国で農家をやってました。

 私もずっと小さい頃から、畑の仕事を手伝っていたので、違いが分かるんです。

 私の一番古い記憶は、家の畑の草むしりでした。

 今も変わらず、草むしりしてますね。ふふふ。

 でも、両親の畑はもっと石がゴロゴロしていて、土が痩せていて、硬くて、野菜ももっと細くて元気がありませんでした。」


 「本当ね!私の家の畑も、いくら手をかけても作物の育ちが悪くて、いつもお母さんがこぼしていたわ。

 ほら、こんなに真っ赤で大きな実がついてますよ!」


 トマトの収穫をしていた別の少女が、見事なトマトを見せてくれた。


 「そうだな。俺が育った街の施設の畑なんか、へたへたで痩せっぽっちの葉っぱと、ちっちゃな芋しか育たなかったからな。

 ここで育てた、でっかいカボチャやナス。施設の弟や妹たちに食べさせてあげたかったな・・・。」


 「あたしは、スイカ!施設のマザーに食べさせてあげたい!

 マザー、お婆さんで硬いものが食べられなかったから、スイカなら甘くて、喜んでくれるよね?」


 「はは!だったら僕はトウモロコシだよ!

 茹でたてのトウモロコシに塩を振って、施設の家族たちに食べさせるんだ!」


 「バーカ!下界じゃ塩は高級品なんだぞ!そんなもったいない事出来るか!」


 「私は、野イチゴのジャムを食べさせてあげたいわ!あれを食べたら、みんな幸せになれるもの!」


 「あー、はいはい!砂糖なんて、塩よりもっと高いじゃないか。お前だってここに来る前は、聞いたことさえなかっただろ!」


 子供たちが仲良くワイワイ騒ぎ出した。


 「みんな楽しそうだ事。

 たくさん修行に励んで、神の御業を修められれば、そのご褒美に神様から種を頂けるかもしれませんね。

 さっ!この畑仕事も立派な修行ですよ!

 みんな、朝食の時間まで、励みましょ!」


 年配の女性が、そう言って子供たちを仕事に集中させた。

 でも、その女性の声には深い慈愛が感じられて、俺もなんだか嬉しくなった。


 俺は作物の事が全然分からないし、何故か最近頭の教官達も出てこないので助けも得られない。

 だから、一番小さな子供の仕事である畑の草むしりに全力で取り組んだ!

 心頭を滅却し、己を一個の草取りマシーンと化して、ひたすら草取りに没頭した。


 作業の終了が告げられて、みなが朝食に戻る頃には、子供たちから草取り名人の称号をもらってた。

 なんか、初めてまともな称号を貰えた気がする。正直嬉しい!


 朝の作業を終えて、ミシェルの居室に戻って、家族と朝食を取った。

 

 俺は何気なくミシェルに、さっき疑問に思ったことを尋ねた。

 

 「なあ、ミシェル。さっき沢山の子供たちと畑仕事をしたんだけど、あの子たちはどこから来たんだ?」


 畑の野菜だろうか?瑞々しい野菜サラダを食べながら、尋ねた。


 「あの子供たちは、西方文明圏諸国中の聖教会の救済施設から集められた、才能のある子供たちです。

 知力であったり、魔法の才能であったり。

 この天聖宮で教育を受け、適性を見極めてからになりますが、将来各地の教会組織で活躍する事を期待された子供たちです。」


 ミシェルはナプキンで口元を吹きながら答えてくれた。


 「みんな、孤児なのか?」


 「はい。この聖教会に身を置く者は、世俗の血縁とは切り離されて、神々と結縁した者だけなのです。

 ですから、ほとんどが身寄りのない孤児達です。」


 「そうか。みんな孤児なのか・・・。」


 「トーマ様。三大王国の中で最も商業が発達したアラン連合王国でさえ、孤児を無くすことはできません。

 アントナレオ小王国でさえ、王家の予算から幾ばくかのお金を聖教会施設に資金援助するのが、現状では精いっぱいでした。

 ・・・申し訳ございません。」


 オリヴィエが辛そうに謝って、頭を深く下げた。


 「いや、俺は何もオリヴィエを責めてる訳ではないんだ。


 俺は前世では、ある意味とても幸せな環境で生まれ育ったんだ。

 もちろん、前世の世界でも、飢餓や貧困は蔓延していた。

 それでも俺が生まれ育った国は平和な国で、そこに暮らす人もみな平々凡々と暮らすことが出来る、そんな恵まれた社会だったんだ。

 だから俺にとって、こんなつらい社会の実情は、どこか物語の話みたいで、現実味がなかったんだ・・・。

 みんな、すまない。

 食事に相応しくない話だったな。」


 「旦那様。そんな事は、ございません。私達は、この世界に旦那様がご興味を持たれるのが、とても嬉しいのです。

 美しい面だけでは決してない、この世界のありのままをご覧になって下さいませ。

 それでもし、旦那様が傷つかれましたら、私達がこうしてお慰めして差し上げますから。

 どうか、怖がらないで・・」


 エリクシアはそう言って立ち上がると、優しく俺の顔をその胸に包んで、ぱふぱふしてくれた。


 「まあ!それでは私も・・・」


 オリヴィエも立ち上がって、俺の頭を包んでくれた。


 「「ぱふぱふ、ぱふぱふ、ぱふぱふ・・・」」


 「・・・俺、山を下りたら、聖教会の施設を見て回るよ・・・」


 俺の声は、エリクシアの豊かな胸に吸収された。


 「はい、旦那様♡ お供しますわ。」


 「言ってる事はご立派ですが、その姿は見るに耐えませんね!マスター。」


 「・・・」


□□□戦士長バルド


 今日も遅くなってしまった。

 夜中の王城からの帰り道、俺は足を止めて星空を見上げた。


 クロエに謝らなくてはな。今度の休みにでも、買い物に連れて行って、何か買ってあげよう。最近遅い日が続いたからな。


 「戦士長。また今日も遅くなって、奥方様に叱られてしまいますな!ははは!」


 近衛二番隊隊長のジャン・サッシがからかって来た。

 良家の出の割に、俺と一番気が合う変わり者だ。


 「なんの!俺のクロエは、慈悲深いんだ!機嫌の良い時はな!」


 二人でバカ話をしながら、貴族街の外れ近くまで歩いて来た。


 石畳を薄暗い街灯が照らしている。

 従卒の若者が、ランプで足下を照らしているが、正直俺にもジャンにも必要ない。鍛え方が違う。


 街灯の暗がりから、突然三つの影が出てきた!と同時に血の匂いが本能に警告を鳴らした!危険だ!


 「何者だ!敵か!」


 ジャンが素早く剣を抜き、俺を庇うように構えた。


 俺は従卒を後ろに下がらせて、油断なく剣抜いた。


 「・・・戦士長バルドか?・・・」

 「・・・大人しく、ついて来い・・・」

 「・・・抵抗、むだ・・・」


 生気の感じられない、暗い声でそいつらは語り掛けてきた。


 「お前達は何者だ!戦士長に何の用だ!」


 ジャンが身構えながら、鋭く尋ねた。

 俺は剣を構えながら、ゆっくり答えた。


 「・・・断る!」


 「「シィツ!」」


 俺とジャンは同時に石畳を蹴って、左右の影に突進した!


 敵は黒いローブの袖をこちらの向けた。袖口から、黒い筒が見える!


 俺はそれを見た瞬間、背筋にゾワリと悪寒を感じ、咄嗟に左に飛んだ!


 「パン!」「パン!」「パン!」


 敵の手に持った筒が、火を吐いた!


 「うっ!」「・・・!」


 俺は左の敵の首を刎ねた!

 右の敵を斬り伏せたジャンが、呻き声をあげてそのまま右手の敵に激突し、倒れた!


 「ジャン!」


 「まて!これを見ろ・・・」


 一人残った影が、左手で血に染まった布を取り出し、それをめくった。


 「ぬ!」


 「・・・分かるな!奥方と息子は預かっている。大人しくこっちに来い。」


 布の中には、切断された獣人の耳が有った・・・!おのれ・・!


 クロエ!どうか無事で・・・!

 

 俺は、剣を足下に投げ捨てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る