第9話 商人の町リンカディア
「そ、それで、アルルーナさま。俺はこれから何を……」
「……ルーナ、でいいわ。あなたはこれからわたくしと行商に行くの」
「ぎょ、行商? それって人間の国に行くってことですよね?」
精神的にも体力的にも多少の自信はついたとはいえ、突然すぎる。
それに行ったら何をされるか……。
「あなた、あの巣から出て来られたのでしょう? それなら、多少はマシになったのではなくて?」
色々アップしてはいるが、まるで実感がわかない感じだ。
目に見えて分かるでもない力の強さでもあるし、人に対する苦手意識はそう簡単に抜けきれそうもない。
「そんなこと言われても……」
そもそもこんなみすぼらしい姿で町に入るとなると、何かしらの害を受けてもおかしくないはず。
「……特別扱いするつもりは無いのだけれど、いいわ。あなたにとって一番優しくて素敵な姉弟子として確実に守ってあげるわ!」
「えっ? ほ、本当ですか?」
ここに落ちて来た当初から厳しそうな姉弟子に思えた。貴族令嬢のような言葉遣いといい、物言いがはっきりしている点といい。
姉弟子ということは、巣の中にいた末弟子の彼女たちよりも実力は上。
絹糸のようななめらかな肌触りとモフモフさも格段に違う。
「そうと決まったら行きましょ」
こんなすぐに町に行けると思っていなかっただけに、懐具合が気になる。フィーネが財宝をくれるとか言っていたがあれはどうなったのだろう。
「そ、そうですね」
しかし町に行く目的が行商なら、俺の服をどうこうするものでもない。ここは大人しくついて行くしかないだろう。
――商人の町リンカディア。
あの頃の俺は世界中の国や町を全て訪れていた。その頃の記憶をたどれば、比較的安全な町と言える。
他の町に比べると商人ばかりで、冒険者よりも商人が多いおかげで気を張ることは無い町だ。
「リオ。腕を出してくれるかしら?」
「……?」
「あなたの両腕を使って、わたくしが編んだ丈夫な絹糸を持つの。それを売ることが今回の目的ですわ」
言われるがままに、両手を差し出して絹を乗せた。キラキラと輝いて見える糸ということは、相当な値がつくという予想が出来る。
周りを歩く民からの視線が両腕に集まっていたが、どうやらお目当ては絹糸のようだ。隣を歩くルーナは特に何をするでも無く、露店に並ぶ商品を見ている。
彼女を気にしていたら、自分の周りにはいつの間にか人だかりが出来ていた。
「う、売ってくれ!」「いくらだ? いくらなんだ?」「在庫全て買わせてもらうぞ! さぁ、値を言ってくれ」などなど、早い者勝ちでも無い絹糸に群がり始めた。
「うえぇぇ? ま、待ってください。これの値は……ええと」
絹糸を両腕に乗せただけで値段は聞いていなかった。急いでルーナに聞こうとするも、彼女の姿がまるで見当たらない。
「早く早く! 売ってくれ!」
「ま、待ってください」
これは困った。値段も分からないのに勝手に売るわけにも……。
一番優しい姉弟子と言っていたはずなのに、何故いなくなっているんだろうか。
(実は一番厳しい姉弟子の間違いだったりして)
「あら……、お困りのようね?」
心の中で思っていたのが聞こえたかのように、ルーナが急に現れた。
まさか俺が困っている様子を眺めて楽しんでいた――わけないか。
「ルーナさま、お、お願いします。すぐにでも売り切れそうです」
とにかく助け船を出してくれることは間違いない。
だが、そう思っていたのは甘かった……。
「……何のこと? それはあなたの商品なのではなくて? わたくしは通りがかっただけに過ぎないわ。折衝は、あなた自身が自由に決めるべきよ」
もしやこれ自体が修行の一環なのか。それなら自由に値を決めて売りまくるしかない。これだけ欲しがっているなら高く決めても売れるはずだ。
しかし結果は惨敗だった。
「そんな……あんなに欲しがっていたのに」
「駄目ね。リオは商売の基本がなってないわ! それに少なくとも魔物であるわたくしよりも上手く出来なきゃおかしいのだけれど、人間相手に畏怖しすぎね」
やはり様子を見られていた。同じ人間同士なのに、恐れてばかりで何も頭に入って来なかった結果が商売下手。
何を言われても仕方が無いことだ。
「ど、どうすれば……?」
「その為にわたくしがいるの。リオにはこれからわたくしのパートナーとして、町や村を歩き回ってもらうわ。そうすればきっと慣れて来るわよ!」
「行商……ですか?」
「リオにはたくさん教えてあげる。他の姉弟子よりも優しく、時には厳しく。そうすれば、この先きっとわたくしたちに頼られる男になれるわ!」
姉弟子と合流する。
ということは、冒険でもする予定がある――そういうことだろうか。
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