第73話

 「――ありがとう。とても助かるわ」


 亜樹の部屋で灯乃は掃除をしていると、亜樹が嬉しそうに微笑んだ。

 仁内の部屋とは違ってきちんと整頓されているこの部屋は、灯乃にあまり達成感を感じさせず、ほこり一つ見つけることに苦労を強いる。

 彼女はとりあえず棚の上を拭くと、いつの間にか共に清掃に励んでいる朱飛をチラッと見た。


 ――やっぱり斗真に言われて来たのかな


 灯乃は彼にあまり信頼されていないのではと肩を落とすが、それでも朱飛が来てくれたことで少しホッともしていた。

 一人ではやはり心もとなかったのだ。

 そんな時、亜樹が突然声を弾ませる。


 「あら、こんな所にあったのねっ」


 その声に二人が振り向くと、亜樹の手に分厚い大きな本が握られているのを見た。

 どうやらアルバムのようだ。


 「亜樹様、それは?」

 「仁の幼い頃の写真がたくさん入っているの。見る?」


 亜樹はそう言うと、灯乃達の返事を聞く前から見せびらかすようにそれを開いた。

 つられるようにして二人がそれを覗くと、


 「うわぁ、かわいい」

 「でしょ? 捻くれた馬鹿息子でもこんな時代があったのよぉ」


 アルバムの中には、おくるみに包まる赤ん坊の仁内から始まり、幼稚園児、小学生の頃の彼がしっかりと写真として残されていた。

 どれも彼らしく不貞腐れていたり騒いでいたりと表情豊かで、灯乃は微笑ましく見ているとふと一枚の写真に目が向く。

 それは緋鷺家の集合写真とでも言おうか、仁内と同じく幼い姿の斗真が写っていた。


 「これ、斗真? 凄くかわいい、女の子みたい」

 「でしょ? かわいいお洋服を着せてあげたくなるでしょ?」


 ニヤニヤした顔で亜樹が言う。

 確かにそんな気になると灯乃も思う程に、整ったお人形みたいな顔立ちを斗真はしていた。

 すると、そんな幼い彼の隣に写る似たような顔の女の子の存在に気づく。


 ――この女の子、星花さん?


 斗真の双子の姉で、彼を三日鷺で斬った人。

 それを思い出すと暗い気持ちになってしまうが、ふとその写真を灯乃が眺めていると、どうやら幼き星花は斗真を挟んだ向こう側にいる男の子を見ているようだった。

 そしてそれは朱飛もじっと見つめている。

 鋭い目をしてこちらを睨みつけているその男の子。


 ――怖い顔してるけど、凄く綺麗な顔。もしかして……


 「春明さん?」


 灯乃が放ったその名に、朱飛が密かにビクッとした。

 男だとは知っていたが、女装しか見たことのない灯乃にとってはとても新鮮な姿で、ほぉと小さく溜息が出る。

 しかし今の春明とは違い、愛想が悪いように見える。


 「この頃の春明ちゃんは、ちょっと大変な時期だったわね。皆で山城家へ帰った時も問題ばかり起こして」

 「へぇ、反抗期ですか。……ん? 皆で山城家?」


 亜樹の言葉に灯乃は引っ掛かりを覚えて首を傾げた。

 山城家は春明の父方の実家で、緋鷺家の一族として繋がっている亜樹達には関係ない筈。

 それなのに、共に帰郷するような関係であるということは――


 「山城家は、私の実家でもあるもの。春明ちゃんの父、山城丈之助は――私の兄なのよ」

 「え……」


 亜樹はそう言うとアルバムのページをめくり、山城家の大きな表札の前で並んで撮られた皆の写真を灯乃に見せた。

 そこには斗真と星花も写っている。


 「仁や春明ちゃんだけじゃないわ。斗真さんや星花さんも緋鷺家と山城家の子よ。私達山城家は、三日鷺を護る為に緋鷺家と婚姻を結んだの、次男以外はね」

 「三日鷺を護る為? それってまるで……」


 そのフレーズに灯乃は思わず朱飛を見た。

 

 「山城の子は、男二人女二人の四人兄妹。朱飛は――次男の子よ」


 その言葉に、灯乃は目を見開いて驚く。

 三日鷺を護ってきた朱飛の一族は――山城家。


 「それってつまり、朱飛も斗真達と従兄妹ってこと……?」


 灯乃の呟きに、朱飛は頭を垂れた。


 「従兄妹などと、恐れ多いことでごさいます」


 朱飛はあくまで緋鷺家の従者としての振る舞いを見せ、灯乃はそんな彼女に複雑な気持ちを覚えた。

 朱飛は、斗真達と従兄妹――けれど緋鷺の血は流れていない彼女。

 それだけで彼らとは対等になれないのだ。


 「何だか、寂しいね」

 「でも仕方がないわ、山城の者は皆そう。すべては三日鷺の為――私も朱飛も……でも……」


 ――え……!?


 その時。

 亜樹の着物の端がふわりと舞った。

 その瞬間、朱飛が気配の変化に気づき動こうとするが、それよりも早く亜樹が彼女の背後にまわり、畳に押し付け拘束した。

 朱飛は藻掻くが、逃れられない。


 「朱飛っ!」

 「下手に助けを呼ばないで頂戴ね、灯乃ちゃん。この子がただじゃ済まなくなるから。ごめんなさいね、あなたに手を出すと、ウチの馬鹿息子が来てしまうものだから」


 亜樹はそう言うと、短剣の先を彼女の首に向けた。

 さすが朱飛の叔母というところか。

 山城家の直系として、勿論武術の心得があるのだろう。

 いつも仁内に生傷が絶えないのも肯けた。


 「亜樹様、やはりあなたは……」

 「嫌なのよ、私は。一生を三日鷺に捧げて生きていくのが」

 「私をどうするつもりですか? 私はただ紅蓮の三日鷺になっただけ。何も知らないし、三日鷺の力も斗真がいなければ満足に扱えない。何か価値があるとは思えないんですが?」


 亜樹をあまり刺激しないように、灯乃は様子を窺いながら訊ねた。

 できるだけ長く注意をこちらに引きつけておけば、ほんの一瞬でも隙ができて朱飛を逃せるかもしれない。

 それに、亜樹には訊きたいことが山程ある。

 灯乃はそう思い、話を中断されないように注意しながら彼女を見た。

 すると、亜樹が何故か儚げに小さく苦笑する。


 「そうね。あなたにもし本当に何の価値もなければ、このままきっと何も変えようとは思わなかったわね」

 「え……?」

 「あなたに知っておいて欲しいことがあるの。でもその前に」


 亜樹の双眸が力強く光り、短剣の刃が朱飛の首に更に近づく。


 「仁を解放なさい」

 「……っ!」

 「馬鹿息子でも私の子よ。万が一でも、あの子をカラスの道連れにさせる訳にはいかないわ」

 「黒の、道連れ……?」

 

 その如何にも嫌な予感をさせる言葉に、灯乃はゴクリと息を呑んだ。

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