第52話

 「斗真!」


 灯乃は斗真に向かって走った。

 もう震えはしない、戦える。

 しかしそんな彼女が罠に飛び込んできたウサギに見えたのか、《例の彼ら》は灯乃を囲むように集中し攻撃を仕掛けてきた。


 「灯乃!」


 これでは確実に捕まってしまう、それに気づいた斗真が慌てて声をあげるが、灯乃に怯みはない。

 彼女の瞳が、翡翠色に輝いた。


 ――ザクッ!


 その瞬間、灯乃の背後から飛び出すように仁内が素早く戦斧を投げ放ち、彼女だけに気を取られていた奴らはあっさりとそれを受けてその場に崩れる。


 「灯乃……!」

 「斗真、迷惑かけちゃってごめんね。もう大丈夫」

 「おい、斗真。さっさとこいつに命令しやがれ」


 うまく合流を果たし、さっきまでの灯乃の様子とは一変しいつもの様子に戻っていることに安堵した斗真だったが、共に戻ってきた仁内のまるで彼女を理解したような態度に、途端に苛つく感情を覚えた。


 ――こいつが灯乃を正気に戻したのか!?


 「斗真?」

 「……もう大丈夫なんだな?」

 「うん!」


 斗真は三日鷺の刀を差し出すと、それを灯乃がしっかりと受け取った。


 ――この思いに、絶対応える!


 彼女から漲る意思の強さを感じて、斗真ははっきりと彼女に言い放つ。


 「灯乃、命令だ。奴らを斬れ」

 「御意」


 灯乃の目が、力強く開かれた。

 刃から炎が溢れ出し、彼女の姿を紅蓮の三日鷺に変える。


 その美しき焔の鳥は、風を切るように素早く飛んでいった。

 悪しき黒影を滅す炎を燃やしながら。


 「灯乃……」


 そんな彼女を見送りながら、斗真は密かに思いを翳らせる。

 灯乃の闇を拭い去ったのは、自分ではなく仁内だったことに嫉妬さえしているのかもしれない。


 「仁内」


 紅蓮の三日鷺が次々と敵を斬っていく中、斗真は仁内に語り掛ける。


 「灯乃に何と言ったんだ?」

 「別に。思ったこと、言っただけだぜ」

 「だから、何と言ったと訊いてるんだ」

 

 仁内はいつものように適当に言い返しただけの筈だったが、斗真が不機嫌になり、半ばムキになって再度追求してきた。

 どういう訳か、いつもの余裕や冷静さがないようにも見える。

 そんならしからぬ斗真を見て、仁内はきょとんとするが、何かを察すると途端に面白いものを見るようにニヤッと笑った。


 「さあな。てめぇで考えろ。ま、分かんねぇだろうけどよ」

 「何だと……っ!」

 「あぁ、絶対ぇ分かんねぇな。誰からも認められて必要とされて来た、そんな次期当主様にはよ」


 仁内は斗真にそう吐き捨てると、彼を朱飛に任せて雄二と春明の方へ歩いていった。

 斗真は皮肉ととれるその言葉に、グッと拳を握り締める。

 

 ――俺より仁内の方が、灯乃を理解した?

 彼女は、俺の三日鷺なのに……っ

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