第49話
「――ん?」
何かに呼ばれたような気がして、雄二は動きを止めた。
あれから仁内は主将に連れられるとみっちりしごかれ、今は道場の隅で倒れている。
以前散々馬鹿にしていたのにと、雄二はこっそりと愉悦に浸っていたのだった。
「まぁ、バチが当たったって奴だな」
「違ぇよ、何か調子出ねぇんだよ」
雄二が彼の側に近寄ると、仁内はゆっくり起き上がって文句言う。
「負け惜しみは見苦しいぞ?」
「だから違ぇって言ってんだろ。さっきから何か手が震えてきやがるんだ」
「は? そんなに主将が怖かったのか?」
「そうじゃねぇ!」
仁内は異様に震える手を雄二に見せ、その後自力で抑えようとギュッと握るが止まらない。
まさか灯乃に何かあったのかと思うが、雄二のいつもと変わらない様子に、その考えを改める。
「てめぇは何ともないか。じゃあ、何なんだよ?」
「あ? 俺が何だって?」
「灯乃に何か関係してんなら、てめぇにも影響が出るだろうが。それがねぇんだったら……」
「あ、悪ぃ。今俺、外してんだ、アレ」
「…………はぁぁあ!?」
雄二はそう言って首元を見せると、思わず仁内は大声で飛び上がった。
必ず付けておかなければならない筈の三日鷺の欠片が……ない。
「何でだよ!?」
「前にみつりに見つかって、部活中は外せって言われてんだよ。終わるまでロッカーの中だ」
「てめぇっ、馬鹿なのか!? 馬鹿なのか!?」
「二回も言うんじゃねぇよ! 俺だって分かってるけど仕様がねぇだろうが! だからお前にって――それじゃその震え……!」
「まさか……!」
ようやく灯乃の危機に気づいて、二人からサーッと血の気が引いた。
一瞬時間が止まったかのように硬直する彼らだったが、次の瞬間、ハッとしたように慌てて扉へ走り出す。
「えっ、雄二!? 仁内君!?」
「おい、何処行くんだお前ら!」
それをみつりと主将が見つけて注意を呼びかけようとするが、必死の形相の彼らにはそれどころではない。
二人は揃って扉を出ると、振り返って大声で言い放った。
「「便所!!!!」」
そんな二人に圧倒されてか、何も言えずそのまま送り出してしまったみつりと主将。
走り去っていく彼らの後ろ姿を眺めながら、二人は顔を見合わせた。
「あそこまで我慢してたなんてな」
「言い難かったんですかね?」
*
「ちっ、外であいつの気配を感じやがる」
仁内が全力疾走で部室へ飛び込み、外へ出る扉を勢い良く開けた。
ちょうどその扉を突っ切った方が近道の気がして、仁内は灯乃の気配を辿ろうと外へ集中する。
その間に雄二はロッカーのかばんから三日鷺の欠片を取り出し、首にそのチェーンを通した。
すると途端に身体が震え出し、確信する。
――この震えは、灯乃のものだ
「何であいつ、外なんかにいるんだよ? 迎えが来るにはまだ早いだろうに」
雄二は焦りと苛立ちでグッと拳を握り締め、仁内の後を追って外へ出た。
すると、苦い顔をしながら何故か四方を見渡し、行く先を定めきれていない仁内を見つける。
「どうしたっ?」
「はっきりと分かんねぇ。何でだよ」
「えっ!?」
その言葉に雄二も灯乃の気配を探ろうとするが、まるで頭の中に霧がかかったような、彼女のはっきりとした居場所が特定できない。
いつもなら、危機が迫ればその分気配を感じ取れるようになるのに、今は中途半端な感覚で、更には三日鷺の力も、身体に漲ったような気がしない。
「奴らに襲われてる訳じゃねぇのか?」
彼女の身に何かが起こっていることは確かなのだが、いつもとは違う感覚に二人は戸惑った。
しかし《例の彼ら》に襲われていないのだとしたら、いったい何だというのか。
「俺らを呼び寄せる程の危機じゃねぇのか?」
「じゃああいつ、一人で勝手に震えてるだけかよ。とんだ無駄足だぜ、焦って損した」
雄二の呟きに仁内はふと思い立つと脱力感を覚え、その場に座り込んだ。
確かにこの数日で色々なことが起き、一人になった今、彼女はそれを思い出してしまっているのかもしれない。
――彼女は強い子ではあるが、やっぱり弱いところもある普通の子
そんな不安定な心情は当たり前のことだと、雄二と仁内はそう考え納得した。
「……灯乃……」
「あーやめたやめた、俺パス。気になるなら、てめぇ一人で行きやがれ」
仁内はそう言って、疲れた身体をよいしょと立ち上がらせると、踵を返して元来た方へと帰っていく。
慰めるというのは彼の性分ではないらしく、寧ろ気心知れた雄二の方が適任と思ったのだろう。
「てめぇは、まだ便所だって伝えといてやるよ。慣れねぇもん食って腹壊したってな」
「はあ? 勝手なこと、言うんじゃねぇよ」
しかし雄二もまた、仁内と同じく道場の方へ引き返す。
気にはなるが、今は側にいるよりそっとしておいた方がいいような気がしたのだ。
「あいつ、強がりなとこあるし、迷惑かけるの気にするタイプだから。俺が部活抜け出して来たら、責任感じちまう」
「……面倒臭ぇ」
「その割には、お前もあいつのこと心配してるみてぇじゃねぇか。焦って損したんだろ?」
「そっそんなんじゃねぇよ! 三日鷺のせいに決まってんだろ!!」
「一応あいつは俺の妹みたいなもんだから言っておくけど――手ぇ出すなよ?」
「…………は?」
二人とも少し気が抜けたこともあってか、ゆったりとした足取りで肩を並べて歩いていった。
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