第48話

 気づけば全ての授業が終わり部活動が始まるその時間、道着に身を包んだ雄二は仁内を連れて第二体育館の空手部が占有する道場に立っていた。

 あの後、何とかこっそり事情を灯乃と仁内に伝えると、灯乃が快く仁内を渡してきたのだ。

 どうやら部活中の雄二を心配していたらしく、彼女は元々仁内を雄二につけることを考えていたのだった。


 「――で? 俺に拒否権はねぇのかよ」

 「灯乃には、斗真が春明さんと朱飛をつれて車で迎えに来るらしいからな。出して貰えるのに、随分苦労したみたいだけど」

 「おい、話聞けよ」

 「けど、迎えに来るまでは灯乃は一人だし、心配だけどな」

 「おい!」


 仁内の問いかけに完全無視を決め込む雄二に、仁内はついに堪忍袋の緒が切れたのか、彼の胸ぐらを掴み上げる。


 「てめぇはやっぱ、一発ぶん殴っておかねぇと気がすまねぇ!!」

 「すぐ熱くなるんじゃねぇよ。特にここでは、気をつけた方がいいぞ」

 「あぁ?」


 いつもとは違って何処となく大人しい雄二を仁内は不思議に思っていると、背後から只ならぬ気配がビリビリと伝わってきて、彼は身体を強ばらせた。

 その手が仁内の肩を逃がすまいとガシッと掴む。


 「君が緋鷺 仁内クンだね? ようこそ――待ッテイタヨ?」

 「……へ?」


 仁内が恐る恐る後ろを振り返ると、まるで飢えた獣がようやく獲物を見つけた時のような狂喜に目を見開く主将の不気味な笑顔があった。


 *


 「うーん……暇」


 その頃、静まり返った誰もいない教室で、灯乃は斗真が到着の連絡を入れてくれるのをただ待っていた。

 光らない携帯電話を何度も眺めては、寂しそうにコロンと机に転がしてハァと溜息を吐く。


 「まだかなぁ……」

 「誰を待ってるの?」

 「えっ!?」


 そんな時、教室の扉から3人の女子達が入ってきて、灯乃に訊ねてきた。

 しかし単純なその質問とは裏腹に、彼女達の視線がとても鋭く灯乃を睨み、雰囲気が物騒で嫌な気配を漂わせている。

 まるで究極の選択を迫られているような、誤った答えを言ってしまったら大変なことになってしまいそうな重いプレッシャーを灯乃は感じた。


 「えっと……」

 「もしかして雄二君を待ってるの?」

 「え? いや……えっと」


 普段、雄二に取り巻いている女子達なのは、灯乃も分かっていた。

 だからお互いあまり話さないようにして気をつけていたのだが、どうやらそれだけでは駄目だったようだ。

 次の瞬間、灯乃の背筋が凍りつく。

 それは突然灯乃の携帯電話が震えだし、てっきり斗真からの連絡だと思って見てしまった時だった。


 「……え……!」


 画像が一件送られていて、それをうっかり開いてしまった灯乃の目に飛び込んできたのは、昼休みに仁内と二人でいる時の画像。


 「これっ……!」

 「まさか、仁内君を待ってたりしないよね?」


 誤解されないようにしていたことが裏目に出てしまい、灯乃は愕然とする。

 しかも見つかっていただけでなく、盗撮までされていたとは。

 言葉が出なかった。

 そんな灯乃の様子をどう読んだのか、女子達は唐突に彼女の腕を掴む。


 「えっ!?」

 「ちょっと顔貸してよ、唯朝さん?」


 3人掛りで無理やり教室から連れ出され、灯乃は恐怖する。


 ――怖い。どうしよう。誰か……!


 しかし、そんな時灯乃はハッとする。

 助けを求めてはいけない。

 助けを求めれば、雄二と仁内が来てしまう。

 今は部活中、迷惑はかけられない。


 ――大丈夫、落ち着いて。いざとなったら三日鷺の力で何とかできる。大丈夫……


 灯乃はグッと唇を噛み締めそう言い聞かせると、女子達に連れられるまま歩き出した。

 そしてついた所は、誰も来ることのない校舎の裏側。

 そこには新たに3人の別の女子達が待っていて、灯乃を壁に追い詰めるとそれを6人で囲んだ。


 「唯朝さんって、大人しそうに見えるのにねぇ」

 「雄二君だけじゃなくて、仁内君まで盗ろうなんて図々しいんだけど?」


 これからどうしてやろうかとニヤニヤしたり苛々した様子で物色してくる女子達に、灯乃は身体を震わせる。


 「あっあの、雄二……君と仁内君はただの友達ってだけで、それ以上じゃなくて、その……」

 「は? 何? 聞こえないんですけどぉ?」


 恐怖に震えながらもようやく出した灯乃の言葉を、あっさりかき消すような大きな声で言い返す女子達。

 最初から灯乃の話はまるで聞く気がないようだった。

 するとその時、一人の女子生徒の手の中でキラリと何かが光った。


 ――ハサミ……!?

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