とある企業の経営戦略
天宮さくら
とある企業の経営戦略
某日。とある企業では今後の経営戦略を話し合うため、トップを集めての会議が行われることになった。題材は「赤いきつねと緑のたぬき、大量在庫をどうするか?」である。
なぜそのような議論に陥ったのか。それは某大企業の大躍進によるからである。某大企業が前々から打ち出しシリーズ化していたCMの俳優が結婚した。それはCMのストーリー上あってはならぬこと。これは当社の売り上げを伸ばすチャンスとばかりに経営部長がカップ麺製造を通常よりも倍近く発注したところ、某大企業はまさかのそれを逆手に盛り上がるCMを作成・放送したのだ。
思わぬ誤算である。そのCMは瞬く間にSNSでバズりまくり、予想とは逆に某大企業は売り上げを大幅にアップ。それに加えてアニメとのタッグを組み東西戦線をぶつけてくるという連続コンボによって、当社は大量の赤いきつねと緑のたぬきの在庫を抱えるに至った。
社長は悲痛な面持ちで集まった面々を見た。
「どうしようか、この大量の在庫。経営部長、何か意見は」
大量発注を押し進めた経営部長は大量の冷や汗をかきながら皆の前へおずおずと出てきた。顔色は青よりの白、連日の売れ残り報告で彼の胃酸は内臓を突き破るかの如く荒れ狂っている。
「はい………これはもう、ボランティア団体に配るのが適切かと」
経営部長の言葉を聞いた経理部長、総務部長が声を怒りの声を上げる。
「それでは当社は大赤字! 会社の利益に一円にもなりません!」
「反対! 反対! はんたーい!」
「では、どうするのが良いのか………このままでは赤いきつねと緑のたぬき、どちらかの製造ラインを潰すしかなくなる」
社長の悲痛な叫びにも似た言葉に、皆が一斉に押し黙った。
「どちらか、ですか? それほどまでに今回の方針は大打撃だったと?」
製造部長の言葉に取締役の一人が重々しく頷く。
「あまりにも我々は大企業を舐めきっていた………今の路線のまま作り続ければ、赤字は膨らみ続ける一方。早晩にでも不渡手形を出すことになるでしょう」
この言葉に経営部長は息を呑み卒倒する。それを急ぎ抱き起こしたのは社長秘書だった。彼女は冷や汗をかく経営部長のおでこに優しくハンカチを当て、経営者たちの顔を一人一人見回した。
「ではここで決を取る。きつねかたぬきか、どちらの製造ラインを残すべきか。どちらがより会社に貢献できるのか、それを重々に考えて手を挙げてほしい」
社長の悔しそうな言葉を聞いた面々は静かに頷き、そして手元にある赤いきつねと緑のたぬきを見比べた。各々がどちらにもそれぞれ思い入れがある。それを一つに選べという社長の言葉は身を切るように痛く感じられた。
「社長、少しお待ちください」
営業部長が手をあげた。彼は社長の許可をもらい皆の前に出る。その手には赤いきつねが握られていた。
「………私は赤いきつねこそ、今後の我が社を託せる商品だと確信してやみません! 緑のたぬきなど、田舎者臭くて敵わん! これからの時代は赤いきつね! 赤いきつねに清き一票を!」
突然の営業部長の演説に広報部長が怒り狂い席を立つ。
「ふざけるな、都会風情が! うまいのは緑のたぬき! これこそが我が社を救うヒット商品! きつねに騙されてはなりません! たぬきを、たぬきを応援してください!」
徐々に皆がヒートアップ。互いに互いの意見を言うだけ言って相手に敵意を燃やす。まるで戦場、まさにきつねとたぬきの化かし合いである。
大の大人が我を忘れて醜い争いを続ける中、社長秘書は倒れた経営部長を介抱し、そして痺れを切らして大声で叫んだ。
「みんな、そんな醜い争いはやめて!」
「醜いとはなんだ! これは社運をかけた重要な話! 秘書なぞに何がわかる!」
怒り狂った男どもの言葉に秘書は清らかな涙をこぼす。それに見惚れた社長は皆に落ち着くように声をかけた。
「まあまあ、秘書の話も聞いてみよう」
社長の温かな言葉に秘書は尊敬の念を強めた。
「社長………ありがとうございます」
秘書は溢れる涙をそのままに、皆の前へしずしずと出てきた。
「皆さんの会社に対する愛情、素敵です。胸がいっぱいになります。ですがきつねとたぬき、どちらか一方にするのは間違っています!」
秘書の言葉に取締役が顔を顰める。
「しかし、現状ひとつに絞らねば我らに未来はない。これは仕方のない犠牲なのだよ。諦めたまえ」
そう言って取締役は悔し涙を流した。それを見て秘書は気持ちを強く持った。
「いいえ、そんなことはありません。皆さん、思い出してください。我々は今までこの商品をどのように売ってきたでしょうか?」
秘書の言葉に最初に答えたのは、さすがは広報部長。
「それはもちろん、きつねとたぬき、どちらが旨いかです」
「ええ。私たちは視聴者に常にどちらが良いのかばかりを問うてきました。顧客第一主義を謳いながら、甲冑を纏い、旨さを競い、争った。果たしてこれは正しかったのでしょうか?」
秘書の言葉に社長は息を呑む。
「そうか、我々は争うことばかりに注視していた」
「そうです。思い出してください。先ほど倒れた経営部長、あの方を助けようとした人はここにいましたか? いいえ、いませんでした。だから私たちは今、某大企業に追い詰められていると言っても過言ではありません!」
秘書は溢れる涙を輝かせて演説する。初めは彼女に否定的だった者たちが、まるで女神に出会ったのではないかと錯覚するほどに彼女に夢中になっていく。その視線に応えるかのように秘書は熱弁を振るい続けた。
「私たちはこの戦争をやめ、互いの手を取る段階にきたのではないでしょうか? きつねとたぬき、どちらも同じ仲間ではありませんか。今の流行りは戦いではなくピースフル。仲良しこよし。私たちは手に手をとって前向きに現実に立ち向かっていくべきなのです!」
「しかし、どうやって?」
秘書の言葉に感銘しつつも不安を拭えない総務部長が尋ねる。その瞳を受けて秘書は力強く頷いた。
「合体です」
「合体」
「そう、合体! 男子なら皆が夢見る合体をするのです! 名付けて『白のうさぎ!』大作戦!」
秘書の言葉に皆は騒然。しかしそこにかすかな希望の光が見えた。
「在庫の半分をリニューアルし白のうさぎを作りましょう! そして赤いきつねと緑のたぬき、白のうさぎを並べて手と手を取り合い新しい世界を構築するのです! そうすれば、我らの顧客は必ず、必ず、平和な世になった我が社の商品に帰ってきます!」
「本当に、そう思うんだね?」
社長が秘書に問いかける。その視線に秘書は怯まなかった。
「ええ。きっと。私たちは和平を結ぶべきなのです」
それが決め手となった。社長は部下たちに白のうさぎを錬金するよう指示を飛ばす。それに勢いづいた社員は一斉に白のうさぎ開発に乗り出し、そして最終的に在庫はすべて履けた。経営部長の荒れ狂う胃酸は瞬く間に治った。
一連の騒動の後、経営部長はそっと地方に左遷され、秘書がそのポストにこっそりと収まった。
「ところでなんだが」
新しく経営部長になった元秘書に、社長は赤いきつねと緑のたぬきを交互に食しながら尋ねる。
「白のうさぎ。君は開発する前から、あれを食べたことがあったりするの?」
社長の問いに新経営部長はにこやかに笑う。
「私、欲張りな人間なので」
その笑顔はまさに女神のようであった。
とある企業の経営戦略 天宮さくら @amamiya-sakura
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