第86話

 顔が熱い。理由は分かっている綾乃があんなことを言ったせいだ。鏡を見て思う、この緩み切った顔をどうにかして戻さなければならないと………。


 しかし時間とは待ってはくれない。


「雄星行くよー!」

「わ、わかった!」


 母さんが俺を大きな声で呼んでいる。これはさすがにもう粘れない。コートを上に羽織り、玄関の扉を開ける。

 その瞬間とてつもなく寒い風が全身を攻撃した。


「うわっ、さぶっ……」


 俺は、いつもだったら、この寒さがあるだけで別に初詣に行かなくてもいいんじゃないかと思わされる。

 しかし、今回ばっかりはさっきの綾乃の言葉で俺は顔が熱くなっていることに気づいている。


 ま、ちょうどいいか……なんて思っていた。


「うわ~やっぱり寒いね~」


 そう言うと着物姿の綾乃が少し小走りで母さんの車の方に向かっていく。見慣れない格好なので新鮮で見惚れてしまう。

 仕方ないだろう。いつもきらきらしているが今日はいつもより輝いている気がする。


「綾乃っ!!」

「ん?どうしたの?」

「綺麗だぞ」

「あ、ありがと………」


 綾乃はもじもじと体を動かしている。素直に褒められたのがうれしかったのだろうか。


「あんた達、早く乗りなさい~」

「あっ、今乗ります!」


 そう言うと綾乃は俺にニコッと笑顔を見せてくる。その笑顔を見るだけで、胸のあたりが暖かくなる感じがする。


「行こっ!雄星くん」

「あぁ、わかってるよ」


 俺はそう言って綾乃のあとをついていく。たぶんまだ顔は緩んでいると思う。でもあの笑顔を見たらどうでもよくなってしまう。


「くそっ……」


 俺はボソッと呟いた。


◆◆◆

 俺たちは数十分母さんの車に揺られると家から一番近い神社についた。俺と綾乃が最初に降りる。それに続いて夏乃がついてくる。


「あれ?母さんたちは降りないの?」

「あぁ、私たちは後から行くから先に行ってなさい」


 そう言うと、母さんと姉さんは車の中から手を振っている。先に行けと言われたら行くしかないので3人で神社に向かった。


「やたい~」

「夏乃、お祭りじゃないんだから……」

「そうだぞ、お参りに来たんだから…………な」


 混んでいるのは神社の横を通るときに知っていたが、ここまで長蛇の列とは………


「ふふっ、すごく嫌そうな顔だね」

「そりゃ、並ぶのはあまり好きじゃないからな」

「一人でだったら退屈かもしれないけど今日は私がいるよ?」

「それは……そうだけど」

「あ~私じゃ頼りないってことかなぁ~?」

「いやっ、そんなことは言ってないだろ」

「夏乃もいるよ!!」


 俺と綾乃2人でしゃべっていたので、夏乃がぴょんぴょんとジャンプしながら自分も居るぞと猛烈なアピールをしている。


「ははっ、退屈はしなそうだな」


 そう笑いながら俺は夏乃の頭を撫でた。


「あれっ雄星?」


 俺は、その聞きなれた声に曇った表情で、うしろに顔を向けた。


「なんだよ三村」

「お前ひとりなのか?」

「お前には見えないのか?」


 あまりバレたくはなかったんだが、俺は隣にいる綾乃の方を見る。


「き……綺麗だ」

「だろ?」

「ほんと羨ましいぜ……」


 そう言って三村は俺たちのうしろに並んでくる。


「なんでうしろに並ぶ」

「えぇ~?俺も神様に願い事したいから」

「いやっ、でも普通空気読んで二人きりとかにしてくれるだろう」

「ま、まあまあ……人数がいた方が楽しいし」

「そうかもしれないけど……」


 綾乃はああ言っていたが俺は納得していない。せっかく綾乃とイチャイチャできると思っていたのに……


「機嫌直してよ、私もがっかりしてるんだから」

「え、ほんと?」

「なんで嘘言うのよ」


 まあ、綾乃もがっかりしてくれてるみたいだし、俺は心の中で三村をボコボコにすることにした。


「あれ?白河さん?」


 俺は聞き覚えのある声が綾乃を呼んだ。俺が今一番会いたくないたくない人物だった。


「白坂君も来てたんだ!」

「うん、友達とだけどね」

「そっか~」


 綾乃はそう言うと、俺の方をチラッと見てくる。すると、白坂との会話はもうそれでいいのか?と思うほどあっさりしていて、一瞬だった。

 別に話してほしいというわけではないがさすがに短いと思ったのだ。


「あ、あのっ……白河さん」

「なに?白坂君」

「せっかくここで会ったんだし、このあと一緒にまわろうよ」


 まわるって言っても、おみくじくらいしかないだろ………俺は言葉には出さなかったものの、言いたくてたまらなかった。


「あっ、いいじゃ~ん!俺は賛成だな!」


 白坂の友達の一人が白坂の提案にノッてきた。


「お、おい」

「ごめん。私今日彼氏と来てるの彼氏とまわるからさ、みんなとはまわれないかな~」


 そう言って両手を合わせて綾乃は誘ってきた白坂たちに謝っている。俺は綾乃が断ってくれて安心したのだろう。さっきまでの不安がすぐに消えた。


「安心した?」


 綾乃は悪い笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込んでくる。俺はなぜか素直に言いたくなかったので、遠回しに安心したという言葉を言った。


「モヤモヤは消えた」

「あははっ!なにそれー」


 そう言って綾乃は笑っていた。俺はこの笑顔が好きだ。あまり他の人には見せたくないと思うほどに素敵な笑顔だ。


 白坂がこれくらいで引いてくれるとありがたいんだが……








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