第59話

 俺と綾乃が校庭に着いた頃には、結構な人数が集まっていた。

 ここに居る人数の大半がもしかしたらカップルと思うと、少し怖い気もする。


「それでは、文化祭もそろそろ終わりが近づいてきてしまいました。最後にキャンプファイアーで締めくくりましょう!」

「着火!」


 そう言って、井形に組んである木に火をつける。すると、だんだんと火が大きくなっていく。

 ゆらゆらと火が燃えて、いかにも文化祭が終わるというのを実感させる。


「もっと近くに行くか?」

「いや、まだここで話してようよ」

「いいけど、寒くないの?」

「大丈夫!こう見えても私あったかいから!」


 綾乃は「ほらっ」と言って、俺の頬に手をピトッとつけてくる。

 確かに暖かいが、それ以上に恥ずかしい。


「色々あったね」

「あった・・・・・・」

「なんかこうやって雄星くんの隣に居るのが不思議ずっと、違うクラスで話す機会も本当に少なかったし」

「たしか・・・・・・に」


 俺が隣を向くと、遠くのキャンプファイアーを眺めている綾乃の瞳がゆらゆらと揺れている様な気がした。


 どこからか不安を感じさせるような瞳だった。


「どうした?なんか元気ないな」

「もしもの話ね?・・・・・・もし雄星くんが他の女子と付き合ってたらどうだったんだろうって今考えたのね?・・・・・・そしたら」

「そ、そしたら?」


 なんか、いつの間にか深刻な空気になっていた。自分の体から変な汗が出てくる。


「めっっちゃ悲しかった!」

「その言い方本当に悲しかったの?」

「悲しかったよ〜。でもやっぱり再認識した。私 雄星くんのこと大好きなんだって」


 俺は綾乃の口からその言葉を聞いて、完全に顔が赤くなってしまったのがわかる。


「あれ〜?顔赤いよ?だいじょ〜ぶ?」

「赤くないし、大丈夫だから」

「そうかな〜」

「俺だって、大好きだから・・・・・・」

「あは、ありがとうっ」


 そう言って、俺に満面の笑みを見せてくる。幸せとはこのことを言うんだろうか。俺は少しの間、幸せということについて考えていた。


「ほらっ、もう行くぞ」

「あっ、うん!」


 そう言って、俺たちはキャンプファイアーの近くに行く。


 近くで見れば見るほど、大きく感じる。そしてなにより暖かい。

 ぱちぱちと聞いてて気持ちのいい音がする。


「じ、じゃあ、あの踊ってくれませんか」

「もちろん!」

「あっ、でも俺全然踊ったことないから・・・・・・」

「そんなの私もだよ!」


 早くと急かされ、俺は綾乃の手を握り、ゆらゆらと慣れないダンスを一生懸命にする。


「あははっ!なんか楽しい!」

「そ、そうかっ。それはよかった!」

「うん!慣れないダンスしてる雄星くん見てるのがおもしろくって」


 なんか馬鹿にされた気がする。いや、馬鹿にされてるよな?けど綾乃が笑っているんだったらと怒る気にもならなかった。


 俺は足をピタッと止める。そして、握っていた綾乃の手を離す。


「綺麗だ」


 俺は一言、変なタイミングかもしれないが、自分が思ったことを、そのままなんの捻りも加えずに綾乃に伝えた。


「えっ?!き、急にどうしたの?!」

「いや、一応」

「あはっ!一応ってなに〜」


 俺も自分で言っていることがおかしくて一緒になって笑ってしまった。


「あっ、そうだ知ってる?」

「ん?」

「この学校の文化祭のジンクス的なやつ」

「えっ、そんなのこの学校にあるの?」


 俺は綾乃の言うジンクスがなんなのか、気になった。


 すると綾乃は少しニヤついた笑顔で顔をグイッと近づけてきた。俺は近っ!?と思わず言いそうになってしまった。


「それはね〜文化祭18時キャンプファイアーで両想いの生徒同士がキスをしたら、生涯結ばれるというジンクス!」

「18時・・・・・・って、今何時だ?!」

「えっ?!えっと・・・・・・18時・・・・・・2分」

「・・・・・・そ、そっか」


 べ、別に俺はジンクスとか信じてないし?ただ単に時間が今とてつもなく気になっただけだし。

 でも、今この時だけは、恋愛の神様を恨むかもしれないと考えてしまった。


「もしかして本気にした?そっかそっか〜雄星くんは私と結ばれたいか〜」

「綾乃は嫌なの?」

「ひぇ?!い、嫌・・・・・・じゃない・・・けど」


 よかった。嫌なんて言われたら絶対立ち直れなかった。けどもう、なんか引き返せない所まできてるし、なんかここでやらなかったら、後々三村達がうるさいだろうし。


「綾乃?目瞑って」

「な、な、なんで!!」

「いいから」


 俺がそう言うと綾乃は素直に瞼をスッと閉じる。俺が顔を近づけようとすると、パチッと目を開けた。


「や、やっぱりダメ!」

「えっ?」

「ま、また今度!」

「ごめん、もう無理」


 俺は、綾乃のほんのり赤いぷにぷにの唇を奪った。


 最初はすぐに終わったのだが、なぜかもう一度したくなり、もう一度キスをした。

 綾乃の顔はキャンプファイアーの明かりに照らされてハッキリと見えていた。


「んっっ」


 綾乃の声で俺は我に帰り、すぐに唇を離した。


「あ、綾乃?」

「・・・・・・・・・な、なんでしゅか」


 綾乃の顔がとても赤くなっていた。


「顔赤いぞ?」

「う、うるさいっ」


 そう言って、結構強めに叩いてくる。全然可愛らしくないパンチだった。


「暑いだけだもん」

「本当かなー」

「本当だもん暑いだけだもんっ」

「はいはい、わかった」


 そんなやりとりが終わったあとはダンスを終えて座りながらキャンプファイアーを眺めていた。

 綾乃は怒っているのか少しムスッとしていて、口を聞いてくれなかった。


 俺は少し強引だったのが悪かったかなぁ。それともそのあと、からかったのが悪かったかなと反省していた。


 そのあとは、キャンプファイアーも終わり綾乃と一緒に帰っていた。


「さっきの、本当に暑かっただけだから」

「まだ言うか」


 俺が呆れたような声でそう言うと、隣を歩っていた綾乃が急に止まりだす。

 俺もワンテンポ遅れて、綾乃に合わせて足を止める。


「どうしたんだ?」

「後ろ向いてて」

「えっ、なんでまた・・・・・・」

「いいからっ!!」


 少し強めに言われて、やっぱり怒ってらっしゃると思い、俺は二つ返事で「はいっ!!」と答え綾乃に背中を向ける。


 すると、何かが、ザッザッと地面を勢いよく蹴るような音がどんどん近づいてきて、急に俺の背中に何かが乗ったような重さだった。


「な、なんだ?!」

「へへーん、さっきの仕返しっ!あーむ」

「っ!?」


 俺は声にならなかった。これは絶対首の近くを綾乃に噛まれた。全然痛くはない、でも破壊力は抜群だった。


 そんなこんなで、とてもとても短く感じた文化祭が終わりを告げた。

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