Chapter6:砲火

 地球の周回軌道を発ってからおよそ3時間。

 ハイドラは今度は月の周回軌道に乗っていた。これに沿って飛べばモントレー家の本邸があるコロニーは間もなく見えてくる。

 現在位置は晴れの海の上空。下には半透明のドームに覆われた都市が見える。人類史上初めて月に降り立った3人の宇宙飛行士の一人の名を冠す、月面三大地底都市の一つ・オルドリンシティの上層部だ。

 順調かと思われた矢先、コックピットにロックオン警報が鳴り響いた。レーダーとスクリーンモニターに"ビーム接近"を告げるメッセージと方向が表示される。

 すぐにハーキュリーズを運動性に長けるウォーレッグ形態に戻し、熱源体の方向に向ける。

 限界まで引きつけ、一呼吸置いてスラスターを吹かす。その直後、ハーキュリーズが居た場所をブラスターライフルのそれより遥かに太いビームが通り過ぎた。

 宇宙の闇に輝く星の一つが、流れ星のように尾を引きながら動き出した。消える直前のように強く輝いた後、ハーキュリーズめがけて急接近し、カスタムウォーレッグの形を取った。

 スカンダが宙を切り裂くように飛ぶなら、こちらは宙を押しのけるように飛んでくる。

 それは両肩と両腿に装備された光学火器を乱射しながら、こちらに真っ直ぐ突っ込んできた。

 照準は甘く、ビームそのものも先程よりは細い。ハーキュリーズのブラスターライフルと同じ位だろう。

 ピンクに着色されたビームの間に機体をねじ込むようにして躱す。

 続いて飛んできたさらに細いビームは、ハーキュリーズに向けて急に向きを変えた。レーザー先端部に誘導用のナノマシンを仕込んだホーミングレーザーだ。

 これは反磁力パルスを起こしたシールドで全て受け止める。一発の威力はそれほどでもなかったが、他のビーム兵器と重ねられたら厄介だ。

 相手はハーキュリーズとすれ違い、そのまま離脱していく。

 その一瞬でハイドラは敵ウォーレッグの姿を確認した。

 まず最初に目に付いたのは、どぎついピンク色だった。否が応でも目立つ。

 おまけに光をよく反射するメタリックコーティングが施され、カメラセンサーの明度を下げなければ頭が痛くなってくるほどだ。

 全体的にマッシブな印象があり、所々に残る角張かくばりにはタスクの面影を感じる。

 頭部には円形のランプセンサーが4つ。X字型のレールである程度自由に動かせるようになっている。

 右肩のナンバープレートには"LPC0-MAL909"/"K・・03"と書かれている。やはり偽造ナンバーだ。

 太い脚の膝部分には猛禽類の鉤爪のようなクロー。足首の爪先部分は魔女の長靴のように上に向かって尖っている。

 手には四角形の砲身のマグナムバズーカ。間違いなく相手の身長程はある。チャージにどれ程かかるか。

 両肩にはショルダーキャノン。ビームランプは三つずつ。マグナムバズーカよりは連射が効きそうだ。

 両腿にはこれも三連式のホーミングレーザー発振器。通常の光学兵器より減衰時間が短いが、ミサイルなどよりも遥かに誘導性が高い。見た限りでは一番注意すべき武装だろう。

 かなり離れた場所でウォーレッグは逆噴射をかけ、強引に止まった。

 スクリーンモニターに呼び出した部分拡大ウィンドウに、マグナムバズーカをこちらに向ける敵ウォーレッグの姿を映すと、パイロットが唐突に通信を繋いできた。まただ。

『ははははは! アンタが"エキドナの子"かい? アタシとこの"ショッキング・ピンク"が遊んであげるよう!』

 通信ウィンドウに映ったピンク色のコックピットに座るのは、全身ピンク尽くめの若い女だった。

 ピンクのパイロットスーツ、ピンクのヘッドギア。コンタクトレンズなり、人工虹彩なりを入れているのか、瞳までメタリックピンクに輝いている。

 何故か髪だけは、前髪の一房をピンクで染めている以外は、地毛とおぼしきダークブラウンだったが。

 これは確かにショッキング・ピンクだ。

 タスクのサブマシンガンやスカンダのベルトガンならいざ知らず、光学兵器には運動遮断コーティングは効果をなさないし、装甲に反磁力パルスを起こせば火器類に回す電力が不足する。

 ここは反磁力パルスは最後の手段とし、地表に降りて障害物でビームを遮断しつつ、反撃していくべきだろう。

 ハイドラは月面に向かって頭からハーキュリーズを急降下させた。それを追ってショッキング・ピンクも高度を下げる。

 地面すれすれでウィングと脚部のスラスターで減速、そのまま逆噴射で着地する。

 直後、それを待っていたように頭上からビームが降り注いだ。

 すぐにその場からホバー走行で後退、離脱する。

 ショルダーキャノンから放たれたビームは、地面から突き出ていた岩に命中・粉砕し、高らかに砂埃を巻き上げる。

 すぐにハイドラは反撃に移る。

 ハーキュリーズはブラスターライフルを砂埃の方角に向け、撃った。

 砂煙の壁にライフルからのビームに沿って円形の穴が開き、そのすぐ下からショッキング・ピンクが飛び出してきた。躱されたらしい。


「そんな当てずっぽうじゃあ、チョウチョも落とせないよお?」

 自らの砲撃で舞い上がった砂塵の中を突っ切り、ジャンヌはショッキング・ピンクを強引に着地させた。

 コードネーム:ジャンヌ/公称年齢:21歳/本業:ナイトクラブのコンパニオン。

 ウォーレッグに限らず、あらゆるビークルを運転する行為に対し性的興奮を覚えるという厄介な嗜好を持つ女。

 その類稀なるウォーレッグ操縦の素質をギルドマスターに見出され、殺し屋の世界に足を踏み入れた。

 しかし最近は骨のある相手に恵まれず、半ば食い散らかすように依頼を引き受けていた。無論、この依頼もその一つだ。

 そしてここまでの一連のやり取りで彼女は確信していた。"エキドナの子"は間違いなく自分を逝かせてくれる敵だと。

 白いウォーレッグはホバー走行で後退しながら、その背後にある起伏のある岩場に逃げ込もうとしていた。当然ジャンヌも追いかける。

「簡単にへばらないでよね。アタシも良くしてあげるからさ」

 右へ弧を描くようにホバー走行しながら、ショッキング・ピンクも岩場へ突入する。

 機体の横を様々な形の岩が次々と通り過ぎ、カメラモニターでは敵ウォーレッグの実体と予想位置を示すCGが次々と入れ替わる。

 相手は岩場に入ってから速度を落とし、あまり速くはないジャンヌの機体でもすぐ相手と並行する状況になった。

 敵はライフルを肩のウェポンクリップに戻してしまった。どうやら岩の回避に専念するらしい。

「ゾクゾク……させてよねっ!」

 ジャンヌは回避運動を自動操縦オートクルーズに任せ、ショッキング・ピンクの上半身だけでマグナムバズーカを左に向けた。この程度の障害物なら、こいつの前では無いも同然だ。

 何の躊躇いもなく、引き金を引いた。


 ショッキング・ピンクがマグナムバズーカを放つと同時にハイドラはハーキュリーズを加速させた。

 その直後機体の背後をビームが通り過ぎた。

 ピンクの奔流が進路上にある岩を消し飛ばしていく。

 想像以上の威力だ。前言撤回。これではそもそも遮断しようがない。

 その時にはハーキュリーズは、正面にあった岩をジャンプ台代わりに空中に飛び出していた。

 バズーカのビームは軌跡に沿って全長1キロはある溝を残して消えている。

 宙返りの要領で機体に捻りを効かせ、どさくさに放たれたホーミングレーザーを躱す。

 天と地が逆さの状態のまま、ブラスターライフルをウェポンクリップから速射モードで引き抜き、反撃する。

 敵も手慣れたもので、すぐにショルダーキャノンがライフルから放たれたビームに対応する。電磁力によって異なる指向性を与えられた金属粒子同士の干渉爆発の中、左手で左大腿部のプラズマバトンを引き抜きながら姿勢を戻す。

 ハイドラは機体の左手にプラズマバトンを逆手持ちさせ、着地の勢いを利用してショッキング・ピンクの脳天に突き込んだ。

 しかし、敵は瞬間的に後方へブーストを掛けて回避した。

 再びショルダーキャノンが火を噴く。自身が巻き込まれることも厭わない大胆な反撃だ。

 避けられない。反磁力パルスがオートで装甲とシールドに発生する。

 使ってしまった。コンソールモニターに火器類への電力が不足していることを告げるメッセージが表示され、コックピットの照明が薄暗い非常灯に切り替わる。

 地面に刺さったプラズマバトンからは、光が消えている。

 地面から無理やり引き抜きながら、エネルギー誘導管をグリップに戻す。

 マグナムバズーカを撃たれていれば、確実に死んでいた。

 しばらくは回避に徹するしかない。

 放物線を描く低空飛行で、相手と距離を取った。


 ショルダーキャノンは反磁力パルスで防がれてしまった。機体に傷一つ付いておらず、奴が相当高い電力を持っていることが窺える。

 今もチャージ中のマグナムバズーカが使えていれば、確実に仕留めていたと断言できる。

 しかしそれでも反磁力パルスを機体全身に纏わせてただで済むとは思えない。

 事実白いウォーレッグはこちらと距離を取ると、そのまま背を向けて逃げに転じていた。

 再び追う側へ回れることがジャンヌを興奮させた。

「ほうら、逃げろ逃げろお! 焼いてあげるからさあ!」

 もう岩をいちいち避けるようなことはしない。

 ショルダーキャノンとホーミングレーザーの乱射で目の前を塞ぐ岩を吹き飛ばし、無理矢理ショッキング・ピンクを敵ウォーレッグへと直進させる。

 レーダーの反応は、岩場から平地へと再び出ようとしていた。

 カタをつける時は近そうだ。


 火器類の機能回復に必要な電力の供給・確保が完了し、火器管制装置が再起動する。

 同時にコックピットに光が戻る。

 だがその時すでにショッキング・ピンクにはかなり距離を詰められていた。

 敵が火器類で障害を吹き飛ばしながら真っ直ぐ迫ってきたのに対し、ハーキュリーズは電力不足で同じことができなかったからだ。

 後方カメラの映像を出すと、岩石群がピンクの光の中に次々と消えていくのが見える。

 平地に出て挽回するしかない。

 飛び上がれば確実に的になる。岩を躱しながらホバー走行で確実に平地の方へと向かう。

 間もなくコンソールモニターに呼び出した平面レーダーに、岩場の途切れ目が現れた。もうすぐだ。

 後は敵の出方次第だが、いずれにせよそこで決着を付けることになるはずだ。

 ハイドラは歯を食いしばった。


 岩場を抜け、視界が開けると同時に、白いウォーレッグは急激に加速した。

 元々大した速力が出ないショッキング・ピンクは、たちまち距離を開けられてしまう。

 だがジャンヌはレーダーに映る敵の行く手に、オルドリンシティがあるのをジャンヌは見逃さなかった。

 おそらく街を背にすることで射撃を躊躇わせる魂胆だろう。

 予想通り、相手はシティのドームまで丁度10キロ1万メートルの位置で動きを止めた。

 確かに砲撃戦を主体とする自分のウォーレッグには有効な戦術だ。だったらその裏をかいてやろう。

「街を盾にすれば、撃たないとでも思ったかい?」

 ジャンヌは左操縦桿のダイヤルでとある兵装を呼び出し、続いて右アームレストのテンキーでパスワードを入力。そのロックを解除した。これはそれほどの威力を持っている武器なのだ。

 フットバーを引いてこちらも逆噴射をかける。距離は敵から数えて40キロ4万メートル。観測されたライフル攻撃の威力を基にした、推定の最大射程距離のほんの少し外だ。

 ショッキング・ピンクの射程にはシティが入ってしまっているが、ドームに風穴が空いたって構うものか。

 機体が少しだけ宙に浮かび、敵ウォーレッグを正面に捉えるように動く。

 中央のカメラモニターに目標の拡大映像を呼び出し、微調整。ターゲットロックオン。

 両爪先と両膝のクローを地面に突き立て、膝立ちのような姿勢で機体を固定。

 マグナムバズーカを胸の前で構え、脇腹のコネクタでワイズマン・リアクターに直結。

 マグナムバズーカ・フルパワーモード、準備完了。


 動きを止めたショッキング・ピンクに高エネルギー反応が発生したのを、ハイドラは完全に把握していた。

 パイロットが月面都市を巻き添えにしてでも、ハーキュリーズごと自分の息の根を止めることを選択したようだ。

 ならばこちらも一気に決めてやる。

 右側のタッチパネルに表示したセレクタからある武装を選択する。表示されたテンキーにパスワードを入力。更にコンソールモニターのカメラからの網膜スキャンと虹彩認識、操縦桿のセンサーからの指紋と静脈の認証を抜け、発動が認可される。

 頭部のバイザーが上がり、保護されていた双眼式のランプセンサーが敵を走査する。

 機体の方向転換で、スクリーンモニター正面に固定表示されたターゲットカーソルの中央に目標を合わせる。

 踵のリニアパイルで機体を地面に固定。

 ブラスターライフルは右側のサイドグリップに握り直す。この武装はライフルは砲身として使うのだ。

 右腰のアーマーがせり出し、前方に向かってワイズマン・リアクター直通のコネクタが飛び出す。

 その部分にアンダーグリップ部分のエネルギー供給用ソケットを接続。

 ブラスターキャノン、準備完了。


 お互いにコンソールモニターに自らの兵装へのエネルギー充填率と相手の予想充填率を表示していた。

 チャージを始めたのはショッキング・ピンクが先だったが、ハーキュリーズの充填速度の方が早く、発射はほぼ同じタイミングになるであろうことは、ジャンヌもハイドラも十分予想がついていた。

 ……39%、40%、41%……

 お互いの砲口が余剰エネルギーの光を放ちだす。

 ……69%、70%、71%……

 ガスによる排熱の風圧で、砂埃が舞い上がる。

 ……98%、99%、100%……発射。

 コンマの違いすらなく、二人は引き金を引いた。

 その瞬間、月面を周回軌道上から視認できるほどの巨大な2色のビームが走った。

 ハーキュリーズから放たれた緑のビームと、ショッキング・ピンクから放たれたピンクのビームだ。

 2本は2機の中間地点でぶつかり合い、激しい干渉爆発が火球と化す。

 ここからは純粋な出力勝負だ。

 爆発の中心地に継続的にエネルギーが送り込まれることで、それは次第に大きくなっていく。

 それが一際鮮やかに輝いた後、ハーキュリーズのブラスターキャノンが押し切った。

 緑のビームが一直線にショッキング・ピンクに向かって伸び、もう一本のビームと機体のピンクを塗り潰すように殺到した。

 ワイズマンリアクターから直接大量の電荷を与えられ、ありえない程の超高熱と化した金属粒子が、ショッキング・ピンク諸共ジャンヌを焼き尽くす。

「ぎゃああああああああああっ!!!」

 ビームがやがて収束し、数度瞬いて消滅した時、ジャンヌとショッキング・ピンクは全長およそ60キロの巨大な溝と化していた。

 その起点ではハーキュリーズが肩・脇腹・膝の排熱ハッチを開き、放熱板を赤く光らせながら冷却用のガスを放出していた。

 間もなく機体温度が安全域まで下がり、排熱ハッチが閉じる軽い金属音がコックピットに響く。

 それを確認すると、ハイドラはハーキュリーズを静かに飛び立たせ、モントレー家の本邸へ向かう航路に就いた。

 そこで唐突にコックピットに場違いに能天気な着信音が鳴り響いた。

 ご丁寧にコンソールモニターに電話のマークと番号が表示される。

 家の電話への着信が、ハーキュリーズに転送されてきたのだ。

 コンピューターに発信元を特定させる。名義人は"ドレイク・モントレー"だった。

 タッチパネルを操作し、着信を拒否する。

 やがてハーキュリーズの行く手に、巨大な電球を思わせる形のスペースコロニーが小さく見えてきた。

 ドレイクがどんなに良い条件を提示してこようが、ハイドラにはモントレー親子を許すという選択肢は一切無かった。

 ハイドラの望みはただ一つ。

 彼らにこの手で死と破滅をもたらすこと。

 それだけだ。


(つづく)

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