かなめの部屋

第50話 かなめの誘い

「そう言えば荷物とかは良いんですか?」 


 誠は食べ終わったというように番茶を飲んでいるかなめに尋ねた。


「まあ、アタシはベッドと布団くらいかな、持ってくるのは。それより、こいつはどうするんだ?」 


 かなめが指差した先、そうめんをすすっているアメリアがいた。


「まあ、一度には無理っぽいし、トランクルームとか借りるつもりだから。テレビがらみの一式と漫画くらいかなあ、とりあえず持ってこなきゃならないのは」 


「おい、あの量の漫画を運ぶ気か?床抜けるぞ」


 冷やかすかなめだがアメリアは表情を変えずに言葉を続ける。 


「私は漫画が無いと寝れないのよ。それに全部持ってくるつもりも無いし」 


 そう言うとアメリアはめんつゆを飲み干した。


「ご馳走様。ちょっとパーラ、コーラまだ?」 


 黙ってパーラがアメリアにコーラを渡す。アメリアは何も言わずに受け取ると、一息でコーラを飲み干し、空いたグラスをパーラに向ける。


「あのね、アメリア。私まだ食べてないんだけど」 


 恨みがましい目でパーラはアメリアを見つめた。


「大丈夫よ、そうめんならまだあるから」 


 箸を置く春子の優雅な姿を見とれていた誠だったが、わき腹をかなめに小突かれて我に返った。


「俺はもう良いや。パーラさんもっと食べてくださいよ」 


 オレンジジュースを飲みながら島田も箸を置いた。


「そうね、あのアメリアの部屋を片付けに行くんだものね。それなりの覚悟と体力が必要だわ」 


 サラはそう言うとニコニコしながら急いで麺をすすっているパーラを眺める。


「なによその言い方。まるでアタシの部屋が汚いみたいじゃないの!」 


「汚いのは部屋じゃなくてオメエの頭の中だもんな」 


 濃い目のつゆを飲みながらかなめが言ったその言葉に、思わずアメリアが向き直った。


「あなたの部屋なんて、どうせ銃とか手榴弾が転がってるんでしょ?そっちの方がよっぽど問題なんじゃない?」 


 アメリアの言葉にかなめはまったく反応しない。そのまま口直しの番茶の入った湯のみを口元に運ぶ。


「それは無い。ただ灰皿が無数に転がっていただけだ」 


 同じように番茶をすすっていたカウラの言葉に驚いたようにかなめはお茶を噴出す。


「らしいわね。まるで女の子の部屋じゃ無いみたい」 


「そう言うアメリアの部屋の漫画もほとんど誠ちゃんの部屋のとかわらない……」 


 サラが言葉を呑んだのはアメリアの頬が口を出すなと言っているように震えているのを見つけたからだ。


「はい、皆さん食べ終わったみたいだから、片付け手伝って頂戴」 


 春子が気を利かせて立ち上がる。黙って聞き耳を立てていた菰田達もその言葉に素直に従って空いた鍋につゆを入れていたコップを放り込む。


「島田。何もしなかったんだからテーブルくらい拭けよ」 


 そう言うと菰田は鍋を持って厨房に消えた。


「どうせあいつも何もしてねえんじゃないのか?まあいいや、サラ。そこにある布巾とってくれるか?」


 サラから布巾を受け取った島田はサラと一緒にテーブルを拭き始める。


「おい、神前」


 かなめの言葉に誠は振り向いた。そこには珍しくまじめな顔をしたかなめがいた。


「ちょっと荷物まとめるの手伝ってくれよ」 


 そう言うとそのまま頬を染めてうつむくかなめの姿に、誠は違和感を感じていた。


「そう言うことなのね」 


 黙って様子を見ていた茜が口にした言葉に、かなめは顔を上げてみるものの、何も言わずにまたうつむいた。そしてすぐに思い出したようにテーブルを拭いている島田に声をかけた。


「なにが?」 


「ごまかそうっていうの?まあ私のコレクションを収納するのにふさわしいところを探さなくっちゃ」


 アメリアはそう言って胸を張る。ただ一同はその言葉に苦笑いを浮かべるだけだった。 


「アメリアの荷物って……どんだけあんだよ……深夜ラジオの記念品のステッカーとかそんなに場所取るのか?」 


 そう言うとかなめは立ち上がった。


「茜。車で来てるだろ?ちょっと乗せてくれよ、こいつと一緒に」 


 そう言ってかなめは親指で誠を指差した。当惑したように留袖に汚れがついていないか確認した後、茜が顔を上げた。


「いいですけど、午後からお父様に呼び出されているので帰りは送っていけませんけど」 


「良いって。神前、餓鬼じゃねえんだから一人で帰れるよな?」 


 特に深い意味の無いその言葉を口にするかなめ。テーブルを拭いている島田とサラから哀れむような視線が誠に注がれた。


「まあ良いですよ。女将さん!手伝わなくて大丈夫ですか?」 


「ありがとう、神前君。こっちはどうにかなりそうだから、……引越し組みは出かけていいわよ」 


 鍋を洗う春子の後ろで小夏がアカンベーをしているのが見える。


「じゃあ先に行くぜ、茜。車をまわしといてくれ」 


 そう言うとかなめは食堂を出る。茜と誠はその後に続いた。


「でもまあ、狭い部屋だねえ。まあ仕方ないか、なんたって八千円だもんな、月の家賃が」 


 そう言いながら歩いていると菓子パンを抱えた西高志伍長が歩いてきた。


「お前いたのか?」 


「ちょっと島田准尉に頼まれてエアコンのガス買いに行ってたんで」 


 かなめと茜に見つめられて西は頬を染める。


「ああ、食堂に近づかねえ方がいいぞ。アメリア達が待ち構えているからな。何頼まれるかわかんねえぞ」 


 西は顔色を変えるとそのまま階段を駆け上がっていく。


「元気があるねえ美しい十代って奴か?」 


 上機嫌に歩き出すかなめ。そのままスリッパを脱ぐと下駄箱を漁り始める。


「その靴って、もしかしてバイクでいらしたの、かなめさん」 


 膝下まである皮製のバイク用ブーツを手にしたかなめは玄関に座ってブーツに足を入れた。


「おお、それがどうした?オメエなんか下駄で車の運転か?危ねえぞ」 


「ちゃんと車では運動靴に履き替えます。それよりバイクはどうなさるおつもり?」 


 誠もようやくそのことに気がついた。かなめのバイクは東和製の高級スポーツタイプ。雨ざらしにするにはもったいないような値段の代物だった。


「どうせ明後日はこっから出勤するんだ。別に置きっぱでも問題ねえだろ」 


「そうじゃなくて明日はどうなさるのってことですわ。私は明日は出勤ですわよ」 


 確かにこのことは誠も知りたいところだった。平然と『迎えに来い』などと言いかねないかなめのことである、心配そうに誠はかなめの顔色をうかがった。


「ああ、明日?あれだ、カウラとアタシはトラック借りてそれに荷物積んで来るから問題ねえよ。だから置いていく。それでいいか?」 


 そんなかなめの言葉に誠は胸をなでおろす。かなめはブーツを履き終えるといつも通り誠達を待たずに寮を出て行く。そんなかなめを見ながら下駄を履いた茜がスニーカーの紐を結んでいる誠の耳元でささやく。


「そんなにあからさまに安心したような顔をしていらっしゃると付け入られますわよ。かなめさんに」 


 そのまま道に出るとかなめがバイクを押して隣の寮に付属している駐車場に向かっているところだった。いつ来ても、司法局実働部隊男子下士官寮の駐車場は酷い有様だと誠も認めざるを得ない。雑草は島田の指揮の下、草を見つけるたびに動員をかけるので問題は無い。入り口近くの車が、明らかな改造車なのは所管警察の暴走族撲滅活動に助っ人を頼まれることもある部隊に籍を置いている以上、豊川市近辺ではありふれた光景である。朱に交われば赤くなると言うところだろう。誠はそう思っていた。


 しかし、一番奥の二区画の屋根がある二輪車駐車場に置かれたおびただしいバイクの部品の山が入った誰もの目を引き付けることになる。島田准尉のバイク狂いは隊でも知らないものはいない。ガソリンエンジンの大型バイクとなると、エネルギーのガソリン依存率が高い遼州星系とは言え、そうはお目にかからない。


 そのバイクのエンジンが二つも雨ざらしにされて置いてある。盗む人間が現れないのは、その周りに島田が仕掛けた銀行並みのセキュリティーシステムのおかげ以外の何者でもない。エタノールエンジンの大型バイクを愛用しているかなめが、それを見て呆れたように肩をすくめた。

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