第25話 至福のひと時

「いらっしゃい!いいところに来たわね!」 


 紫色の夏向けのワンピースを着た家村春子が誠達を迎えた。


「肉あるか?肉!」 


 いつも通りの姿に戻ったかなめは、すばやくテーブルから箸をつかんで、すぐにアメリアが焼いている牛肉に向かって突進する。 


「みっともないわよ、かなめちゃん。誠ちゃん!さっき技術部の男子が作った焼きそば出来てるから……食べたら?」 


 アメリアにそう言われてテーブルの上の紙皿を取ると奥の鉄板の上で焦げないように脇にそばを移している菰田の隣に立った。


「どんどん食べてくださいねー、材料は一杯買ってあるんで」


「お前は金勘定だけは達者だな」


「それが仕事なんで!」


 菰田にツッコミを入れるとかなめは誠の皿に焼きそばを盛り分ける。


「菰田、ピーマンは避けろ」 


 串焼きの肉にタレを塗りながら遠火であぶっているカウラがそう言った。


「神前……お前、ピーマン苦手なのか?」 


「ピーマン好きな奴にろくな奴はいねえからな!」 


 かなめの冗談がカウラを刺激する。


「西園寺。それは私への当てつけか?」 


 カウラのその言葉に、かなめがいつもの挑発的な視線を飛ばす。


「誠ちゃん!お肉持ってきたわよ。食べる?」 


「はあ、どうも」 


 アメリアが当てつけのように山盛りの肉を持ってきた。誠はさっと目配りをする。その様子をかなめが当然のようににらみつけている。カウラは寒々とした視線を投げてくる。 


「そう言えば島田君達はどうしたの?」 


 そんな状況を変えてくれたリアナの一言に誠は心の奥で感謝した。


「ああ、あいつ等なら荷物番してるぜ」 


 アメリアから皿を奪い取ったかなめが肉を食べながらそう言った。


「もう食べごろなのに。誰か代わってあげられないの?もう用意できてるんだから」 


 春子がそう言うと、きれいにトレーの上に食材を並べた物を人数分作っていた。


「じゃあアタシが代わりに番してるよ!」  


 小夏が元気に駆けていく。


「気楽だねえ、あいつは」 


 かなめはビールの缶を開けた。


「それが子供の凄いところよ、ああこれおいしいわ」 


 焼きそばをつまみ食いをしながらアメリアがそう言った。


「カウラ、その肉の塊よこせ!」 


 突然のかなめの言葉にカウラはめんどくさそうに振り向く。


「全部食べるんじゃないぞ」 


 かなめの口元の下品な笑みを見て、カウラはタレをつけながら焼いている肉の塊を遠ざける。


「呼ばれました!」 


「アメリア!ごめんねー。ちょっといろいろあって」 


 島田とサラが一番に飛び込んでくる。


「島田さん達、こっちにとってあるわよ」


 春子が鉄板の端にある肉と野菜の山を島田達に勧める。 


「さあ食え食え!」


 いかにも自分が作ったかのようにかなめが笑顔で肉を二人に勧めた。


「自分は何もしなかったくせに……」


「カウラ。何か言ったか?」


「いや別に……」


 いつも部隊で繰り広げられているかなめとカウラのやり取りがここでも繰り広げられるのを見て誠はただ苦笑いを浮かべるだけだった。


「食ったな……ちょっと餓鬼と代わって来るわ……神前も来い」


「僕もですか?」


 一通りのメニューを食べ終えたかなめがそう言って誠の肩を叩いた。


「そうね、小夏ちゃんあんまり食べてなかったものね」


 コンロの脇でトウモロコシを食べていたアメリアがそう言うのに合わせてかなめは強引に誠の腕を引っ張った。


「分かりましたよ!行きます!」


 誠はそう言ってかなめについて行った。


「外道!遅いぞ!」 


 小夏はそう言って不機嫌そうに立ち上がる。


「交代だ。とっとと食って来い!」 


「了解!」 


 すばやく立ち上がって敬礼すると、小夏はそのままアメリア達のところへと急いだ。


「さて、腹は膨らんだし、海でも見ながらのんびりするか」 


 そう言うとかなめはまたパラソルの下で横になった。誠はその横に座った。海からの風は心地よく頬を通り過ぎていく。かなめの横顔。サングラス越しだが、満足げに海を見つめていた。


「じろじろ見るなよ、恥ずかしい」 


 らしくも無い言葉をつぶやいてかなめはうつむく。誠は仕方なく目をそらすと目の前の浜辺ではしゃぐ別のグループの姿を見ていた。


「平和だねえ」


 かなめののんびりとした言葉に誠は思わず苦笑いを浮かべていた。


「そう言えば西園寺さん。こんなことしてていいんですかね」 


 照れるのをごまかすために引き出した誠の話題がそれだった。


「なんだよ。突然」 


 めんどくさそうにかなめが起き上がる。額に乗せていたサングラスをかけ、眉間にしわを寄せて誠を見つめる。


「さっきの東方開発公社の件か?あれは公安と所轄の連中の仕事だ。それで飯を食ってる奴がいるんだから、アタシ等が手を出すのはお門違いだよ」 


 そう言うと再びタバコに火をつけた。


「でもまあ東方か、ずいぶんと世話になったんだがな」 


 タバコの煙を吐き出すと、サングラス越しに沖を行く貨物船を見ながらかなめがつぶやいた。


「東方開発公社って甲武軍と繋がってるんでしょうか?」 


 かなめは甲武国陸軍非正規作戦部隊の出身であることは隊では知られた話だ。


 五年ほど前、東都港を窓口とする非合法物資のもたらす利権をめぐり、マフィアから大国の特殊部隊までもが絡んで、約二年にわたって繰り広げられた抗争劇。その渦中にかなめの姿があったことは公然の秘密だった。そんなことを思い出している誠を知ってか知らずか、かなめは遠くを行く貨物船を見ながら悠然とタバコをくゆらす。


「つながってるも何も甲武と東和の軍部タカ派の橋渡し役があの会社だ。アタシ等の作戦に関する、物資や拠点の提供、ターゲットの情報、現在の司直の捜査状況の把握。いろいろとまあ世話になったよ。昔からあそこはそう言うことも業務の一つでやってたみたいだからな」


 まるで当たり前のように口にするかなめの言葉の危険性に誠は冷や汗をかくが、そのまま話を続けた。

 

「そんな危ない会社ならなんですぐに捜索をしなかったんですか?この一ヶ月、僕等がもたもたしていたせいで一番利益を得た人間達が東方開発公社を使って資金洗浄をして免罪符を手に入れたのかもしれないんですよ」 


 誠は正直悔しくなっていた。一応、自分も司法局員である。司法執行部隊の実力行使部隊として、自分が出動し、一つの捜査の方向性をつけたと言える近藤事件が骨抜きにされた状態で解決されようとするのが悔しかった。


「お前、なんか勘違いしてるだろ」 


 サングラスを外したかなめが真剣な目で誠を見つめてくる。


「アタシ等の仕事は真実を見つけるってことじゃねえんだ。そんなことは裁判官にでも任して置け。アタシ等がしなければならないことは、利権に目が血走ったり、自分の正義で頭がいかれちまったり、名誉に目がくらんだりした戦争ジャンキーの剣を元の鞘に戻してやることだ。そいつが抜かれれば何万、いや何億の血が流れるかもしれない。それを防ぐ。かっこいい仕事じゃねえの」 


 冗談のようにそう言うとかなめは一人で笑う。


「でも、今回の件でもうまいこと甘い汁だけ吸って逃げ延びた連中だって……」 


「いるだろうが……いいこと教えてやるよ。遼南王朝が女帝遼武の時代、あれほど急激に勢力を拡大できた背景にはある組織の存在があった。血のネットワークを広げるその組織は、あらゆる場所に潜伏し、ひたすら時を待ち、遼帝国の利権に絡んだときのみ、その利益のために動き出す闇の組織だった」 


 突然かなめが話す言葉の意味がわからず誠は呆然とした。かなめは無理もないというように誠の顔を見て笑顔を浮かべる。


「そんな組織があるんですか?」 


「アタシも詳しいことは知らねえ。だが、嵯峨の叔父貴が持ってる尋常じゃないネットワークは、まるでそんな都市伝説が本当のことに感じるくらいなものだ。どれほどのものかは知らないが、少なくとも今回の東方開発公社の一件で免罪符を手にしたつもりの連中の寝首をかくぐらいのことは楽にしでかすのがあのおっさんだ……安心しな、連中が安心して眠れるほど世の中腐っちゃいねえ」 


 そう言うとかなめは再び沖を行く船を見ていた。


「でも……」


「デモもストもあるか!とりあえず休むぞ」


 そう言ってかなめは砂浜に横になった。誠も面倒なことはごめんなので静かに押し黙って海を眺めていた。

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