第16話 年齢詐称

「皆さんフランス料理とか食べ慣れてます?」


 誠はテーブルの上を見回すとずっと気になっていた疑問を口にした。三人ともフォークとナイフの扱いはこなれていて悪戦苦闘する誠は完全に置いてけぼりを食っていた。


「逆に聞くけどさ。オメエの親父は私立高の教師だろ?そんなに給料安いのか?フランス料理位食ったことあるだろ?」


「いや……うちの父は全寮制の高校の寮に住んでいて年末ぐらいしか帰ってこないんですよ。それに僕は乗り物に弱いんで旅行とかほとんどしたことが無くて……修学旅行も行ってませんし」


 仕方なく誠は自分のあまり知られたくない事実を吐露した。


「でも、校外学習とかは?」


「それも……僕はその日は休みました。本当に乗り物に弱いんで」


 アメリアの問いに答えつつ、誠はある事実に気づいた。


 自分が『パイロット』と言う乗り物の操縦を仕事にしているという事実である。


「でも今日は吐かなかったじゃないか」


「いえ、途中のパーキングエリアで吐いてました」


 カウラのフォローにそう答えざるを得ない自分を情けなく思いながら誠は不器用に白身魚の肉片を口に運んだ。


「吐いたの吐かないだの……食事中に言うことでもないでしょうに」


 アメリアはそう言いながら苦笑いを浮かべる。


 誠も自分が間を考えずに答えていたことに恥じて頭を掻いた。


「アタシの話はこれくらいにして……実は、カウラには秘密があるんだぞ」


 ニヤニヤ笑いながらかなめはたれ目で誠に目を向ける。


「それは言うなって!」


 カウラは少し戸惑いながらかなめにつぶやく。


「なんです?秘密って?」


「あのなあ……実は、こいつ8歳なんだ」


 誠はかなめの言うことの意味がよく分からなかった。


 カウラの身分証は以前見たことがあったが、25歳の年齢になっていたはずである。


「そんな……嘘ばっかり」


 そう言って誠は不器用に口の中に魚の脇に添えられた根菜を放り込む。


「それ本当よ。カウラちゃんは最終期の『ラスト・バタリオン』だから、東和共和国で8年前にロールアウトしたのよ。だから、人間の年齢的に言うと8歳ってことね」


 あっさりとアメリアがそう言った。


「それって……」


「身分証なんてみんな嘘だよ、うちの連中のは。第一、ちっちゃい姐御なんて何歳だよ、実際は……聞いてんだろ?あの奇妙奇天烈な昔話」


 誠はそこで思い出した。


 ランは地球に行ったことがあると言っていた。しかもそれはデボン紀と言う地質学の歴史のレベルの昔の話だと言っていた。誠も理系なので地質年代には多少の知識があり、ランは少なくとも3億7千万年は生きていることを意味していた。ところが身分証では34歳である。そして見た目がどう見ても8歳児である。


 誠はそのまま目を白黒させて固まった。


「あ、誠ちゃんが混乱してる……」


 アメリアはそう言ってほほ笑んだ。


「書類なんていくらでも偽造できるんだよ……いつも姐御が言ってんだろ?『目で見たリアルだけが真実』だって」


 かなめはそう言うと上品そうにナプキンで口の周りを拭った。


「目で見たものだけがリアル……でも……」


 デザートのアイスクリームが運ばれてきたときに、誠は周りの女性上司を見守っていた。カウラは普通にそれを受取ると静かにさじを動かす。


 アメリアもまたその様子を一瞥した後、何事も無かったかのようにそれを口に運んだ。


「でもなあ……神前よ」


 手つきは上品だが、かなめの口調は相変わらずぞんざいだった。


「少しは自分の話をした方が良いな……それがマナーと言うものだ」


 カウラはそう言いながらエメラルドグリーンの瞳で誠を見つめた。


「僕ですか?僕は……」


 誠は戸惑いながら三人をまねて不器用にさじを容器に向けた。


「誠ちゃんって……今、彼女いるの?」


 突然のアメリアの問いに誠は思わず吹き出しかけた。


「いませんよ!僕は……その……胃腸が弱いんで……デートとか行くとすぐ吐くし……緊張すると……また吐くし……」


 好奇の視線を浴びせてくるアメリアに耐えながら誠はなんとかアイスクリームを口に運んだ。


「その程度で付き合いをやめるような女なら付き合わない方が良いな……私なら耐えられる」


 突如、カウラが自信をもってそう言ってのけた。


「本当?……まあ、確かに誠ちゃんが吐くたびにかたずけてるのカウラちゃんだもんね……もしかして変態?」


「違う!小隊長として、先輩として世話をしているんだ!」


 アメリアの冷やかしにカウラが顔を朱に染めてそう抗議した。


「まあ……猫とかよく毛玉を吐くじゃん。そんな感じかな……」


 かなめの言葉に誠はなんだか複雑な心境でアイスクリームのさじを口にくわえた。


「僕は猫扱いですか……」


 誠は苦笑いを浮かべてそう言った。


「おいしかったわねえ……まあ、誠ちゃんはあんまり乗り気じゃないみたいだけど」


 アメリアはそう言ってかなめに目をやった。テーブルの上のデザートのケーキもいつの間にか消えていた。誠は一人取り残されたようにその最後のひとかけらを口に運ぶ。


「まあ……しゃあねえだろうな。何事も経験だ」


 かなめがどうやら誠の表情が気に入らないことは分かった。そのはけ口がどこに向かうか、それは考えるまでも無く自分だろう。覚悟を決めて顔を上げた誠だったが、その視線の正面にはいつの間にか島田達が立っていた。


 どこか借りてきた猫のような表情を浮かべる島田達。黄色いワンピース姿のひよこは緊張したような表情を浮かべていた。


「うーん……俺さあ、根が庶民だからよくわかんねえけど……いいんじゃねえかな……旨かったし……それとフォークとナイフで食うの……俺とひよこは慣れてねえからめんどくさくて……」 


 頭を掻きながら島田はそう言ってサラとパーラに目をやった。


「確かにおいしかったわねえ……正人は『なんで肉じゃねえんだよ!』とか言ってたけど」


「馬鹿!魚は魚なりの旨さがある……ってことにしておいてもらえます?」


「そうですね!釣りでよく見るお魚がこんなに美味しくなるなんて……素敵です!釣り部の人達にも作り方教えてあげたいですね!」


 ひよこのそんな微笑みが場の雰囲気を一気に和ませ島田を安堵させた。さすがに腕っぷしには自信がありそうな島田でも軍用サイボーグを怒らすほど無謀では無かった。


「まあ、島田君には他の連中みたいにすき焼きコースの方がお似合いよね」


 パーラはさらりとそう言って笑った。


「けどな……ここではアタシはこのコースを食わねえといけねえんだよ……支配人が『何か粗相でもあったんですか!』とか聞いてくるから」


「それならかなめちゃんだけが食べればいいじゃないの……私も宴会場の方がリラックスできていいわよ」


 アメリアにまでそう言われてかなめは少しばかり不機嫌そうな表情を浮かべた。


「仕方が無いな……神前と私が付き合う」


「カウラちゃん無理しちゃって……それに誠ちゃんまで引っ張り込むこと無いじゃないの」


 気を利かせたカウラの言葉に誠は静かに同意するようにうなづいた。


「はいはい、だから貴族なんぞに生まれると面倒なんだ」


 かなめはそう言うと苦笑いを浮かべて先頭に立って桔梗の間を後にした。

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