第45話:ガゼリア山脈の魔獣 9
「次は前足が振り下ろされるわよ!」
「がはははは! なんだ、なんだ! そなたの方が勇者みたいじゃないか!」
「ふざけている場合か、ダルト!」
「事実でしょう、殿下! ふんぬっ!」
明日香の声が聞こえたのか、前線に戻っていたダルトが呵々大笑しながら大剣を振り上げてアースドラゴンの前足を打ち上げる。
アースドラゴンがバランスを崩したところにアルが飛び掛かり、ずっと引きずっていた腹を深く斬りつけてから飛び退いた。
『グルガアアアアアアアアァァァァッ!?』
「よし!」
「次、竜尾攻撃が横に薙がれます!」
「回避しろ!」
アルが明日香の声を支持した事で、騎士団も即座に反応を示す。
渾身の竜尾攻撃が全員に回避された事でアースドラゴンの苛立ちは募るばかり。
騎士団の動きも明らかに良くなり、傷を受ける頻度も増えてきたからかさらに苛立っていく。
「ほら、イーライも行ってよ!」
「ダメに決まっているだろうが! 俺はお前の護衛だ!」
「そうですよ。イーライに守られながら、指示をお願いします。では、私ももう一度戦線に戻りましょうか」
リヒトは明日香に笑みを向けると、そのまま前線へと飛び出して魔法を放っていく。
イーライが側から離れない事を察した明日香は、仕方なくその場からアースドラゴンを睨みつけながら指示と飛ばしていく。
騎士団から距離を取るために広い範囲に攻撃を加えていくアースドラゴンだが、それらの攻撃も明日香には見破られてしまい、全てが徒労に終わってしまう。
徐々に騎士団が主導権を握り始めた時、明日香のメガネは別の対象を捉えてしまう。
それは、リヒトが保護対象だと口にした人物だった。
「……な、夏希ちゃん?」
「ナツキって、召喚された奴らの一人か?」
「う、うん。でも、どうして一人なんだろう?」
夏希はアースドラゴンの後方を顔を下げながらフラフラと歩いており、なぜかこちらに近づいてきている。
このままでは戦闘に巻き込まれてしまうと思っていると、騎士団よりも先にアースドラゴンが夏希に気づいてしまった。
「マ、マズいよ、イーライ! アースドラゴンが夏希ちゃんを標的にしちゃった!」
「誰か! ナツキを助け――」
『グルオオアアアアアアアアァァァァッ!』
イーライが大声で指示を出そうとしたものの、それを察してかアースドラゴンが咆哮をあげて指示を掻き消してしまう。
「……いや……死にたくない……止めてよ!」
アースドラゴンの咆哮で我に返ったのか、夏希は顔を上げると顔を真っ青にしてその場に座り込んでしまう。
その姿を視認したアースドラゴンはゆっくりとではあるが、確実に後退して夏希へと近づいていく。
魔獣は狡猾だ。戦意を失った者がいれば、そちらを優先して狙う傾向が高い。
このまま何もしなければ、夏希に待っているのは確実な死である。
今の状況を作り出した張本人の一人ではあるものの、明日香はこのまま見捨てても良いとはどうしても思えなかった。
「イーライ! 夏希ちゃんを助けよう!」
「だが、あいつはアースドラゴンの後ろにいるんだ。どうやってあそこまで行くつもりだ!」
「もちろん――走ってよ!」
至極単純な答えにイーライは呆気に取られてしまう。
「……死ぬつもりか?」
「まさか! 私一人じゃそうだろうけど、イーライがいてくれれば助けられるわ!」
それでも明日香の答えが変わる事はなく、真っすぐにイーライを見つめていた。
「……くそっ! 考えている時間の方がもったいないか!」
「行ってくれるのね!」
「そうしないと、アスカが一人で突っ込んでいきそうだからな」
「うふふ、よく分かっているのね」
「……褒めてないからな? それじゃあ、指示を頼むぞ!」
イーライが声を発すると、二人は同時に駆け出した。
明日香は走りながらもアースドラゴンを視界に収めながら指示を飛ばしている。
その指示を聞いて騎士団も動いているが、それはイーライも同じだった。
できるだけ最短で、それでいて安全なルートを探りながら進んで行く。
二人を見つけたアルとリヒトは目を見開いていたが、今の明日香にはどうでもいい事だった。
「夏希ちゃん!」
距離が近づくにつれて大声で名前を呼んでみるが、一向に反応を示さない。
明日香は歯噛みしながらも、走る事を止める事はなかった。
そして、二人の行動が夏希の存在を騎士団に知らせる助けになっていた。
「あれは……そういう事か!」
「二人を援護しなさい!」
「どっせぇぇええええいっ!」
アルが騎士団に指示を飛ばすと、リヒトが呼応して魔法で二人を援護する。
最前線で大剣を振るっていたダルトが気合いのこもった一撃を叩きつけると、騎士団も後ろには行かせまいと一気呵成に攻撃を仕掛けていく。
確実に一人を殺そうと画策していたアースドラゴンだったが、バレてしまえばゆっくりと動いている意味もない。
体を捻り向きを変え、夏希をブレスの射線上に捉える。
「ブレス、来ます!」
「させるかああああっ!」
「イーライ!?」
明日香の言葉を聞いたイーライは、進行方向を直角に変えてアースドラゴンへ迫っていく。
そして、今まさにブレスを吐き出そうとしたアースドラゴンの顎を下から切り上げると、ブレスが口内で暴発、その口から黒煙が噴き上がる。
「行け、アスカ!」
「ありがとう!」
イーライの援護を受けて、明日香はアースドラゴンから視線を切ると真っすぐに夏希の方へ走っていく。
後方では激しい戦闘音が聞こえてくるが、構うことなく駆け抜ける。そして、ようやく――
「夏希ちゃん!」
座り込んでいる夏希の肩を揺さぶりながら、視線は彼女の目を見つめて問い掛けた。
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