貯水池

高黄森哉

貯水池


 ある秋の日のことです。私は、会社から徒歩で帰路についていていました。そして、ちょうどいい涼しさに、久しぶりの秋を感じていました。ここ数年は、夏の暑さが十月まで残り、それから気温グラフが急に折れて冬になってしまいますから、はっきりとした春や、秋のまったりとした日々は、もはや思い出の中にしか存在しないといっても過言ではありません。ですから、久しぶりの秋には懐かしさを覚えました。そんな風に、坂を下っていると、ある貯水池が見えてきます。


 その貯水池は、私が幼い時よく遊んだ公園の通り道にあります。水は緑に濁って、ガマが生い茂っています。子供の頃はよく、落ちてしまったらどうなるのだろうと、貯水池を仕切る、安全のために設置された柵に、つかまって考えたりしました。すると急に柵に身を任せるのが怖くなりました。落ちてしまったら、二度と這いあがれない、そんな予感がしたのです。


 先程、カモがいました。そのカモの親子が一度、潜ったきり、二度と浮上しません。実は、カモの潜水時間はかなり長いのです。子供の頃は、その事実を知らなかったので、池に何かがいて、そいつに呑まれてしまったんだと信じました。それが先述の予感を引き起こしたのでしょう。


 そう言えば、先月、親子がここらへんで居なくなったそうですよ。


 池を眺めていると、時々ドボンとします。これは、ウシガエルが飛び込む音だから、松尾芭蕉の、古池や蛙飛び込む水の音、という俳句を暗唱したくなります。大抵は、彼らは排水管の上で日光浴をしているので、そのあたりから音は響きます。排水管から跳躍して、ピンと張りつめた水面は牛蛙の巨体によって沈み、その空間を補うように水が埋める。すると音が鳴って、四方の高いコンクリートの崖に反響します。


 トンボが飛んできました。アキアカネだと思います。ちゃんと調べたことはないで、本当にそれがアキアカネなのか不明です。したがって、単に秋に飛んでいる赤いトンボを、アキアカネと呼んでいるだけなのです。しかし、秋に飛んでいる真紅のトンボが、でなければ、一体なにがアキアカネなのでしょう。


 合体した二匹の赤トンボや、水面をお尻で突く妊婦のトンボ、柵に止まって休んでいる独身トンボ、いろいろな昆虫ドラマ、貯水池の周辺で展開されています。いつか、人間の営みをこんな風に鳥瞰できればいいな、と密かに思っています。




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貯水池 高黄森哉 @kamikawa2001

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