第5話 好きな人と日直 ②

 一年の頃から思いを寄せている柊木瑞希ひいらぎみずきと、少しだけ仲良くなれて、幸福感で満たされた俺は、授業に全く集中出来ずにいた。

 そして、授業後の十分休憩もまた至福の時間である。

 その理由は……


九条くじょうくん! 黒板消し手伝って!」


「はいはい!」


 授業後の黒板消しが楽しみでしかないからだ。

 いつもは友達(クラスには美羽ただ一人)と喋っていた方がずっと楽しい休み時間も、今日だけは黒板消しの方が断然楽しい。


「なんか今日の柊木さん、雰囲気違くね?」


「本当だよな、何かあったのか?」


「機嫌いいなら、今日話しかければお近づきになれたりして……」


 柊木さんに呼ばれて黒板に向かっている途中、このように色々な声が聞こえてきた。

 皆が言ってる通り、今日の柊木さんは少しおかしい。

 いつかは忘れたけど、いつの間にか敬語じゃなくてタメ語になってるし。


 冷酷姫というあだ名が付くほど、男子に冷酷な対応を見せることで有名なのに、今日は俺にそんな対応を一度も見せていない。


(もしかして、俺と日直になれて嬉しい、とか……?)


 そんなことはないと内心では否定しつつも、心のどこかで勝手に期待している自分がいる。

 でも、今日初めて話した気がするし、柊木さんが俺に一目惚れしている感じもしなかった。


「はぁ……」


「どうしたの……? 疲れてるなら、黒板消しは私一人でやっておくから、保健室に行った方が……」


「いや、疲れてるわけじゃないんだ。ちょっと萎えてただけ」


 俺の返答を理解することが出来なかったのか、柊木さんは首を傾げた。


「柊木さんこそ、何かあったの?」


「……え?」


「いや、なんか今日はいつもと雰囲気違うな、って思って」


「あー……まぁ、色々とあって」


(え? 何それめっちゃ気になるんですけど!? 焦らさないで教えてよ! この後の授業もずっと、そのことが気になって集中できないじゃん!)


 結局いつまで経っても教えてくれず、全然授業に集中することが出来なかったのは言うまでもない。


 授業が全て終わり、日直の最後の仕事である学級日誌に書くことを、俺と柊木さんの二人で考えていた。

 学級日誌の記述は、その日の出来事や、日直二人の所感を書けばいいだけで、そこまで時間はかからない。


 今日は特に何かあったわけではない。

 そのため、二人の所感だけ書けばよかった。


「九条くんが先に書いてくれる?」


「なんで!?」


「私が書いたやつ、読まれたくないからに決まってるじゃない」


 俺が書いたやつだって読まれたくないが、そんなことを言えば間違いなく、面倒な男だと思われる。

 仕方がなく柊木さんから学級日誌をもらい、雑に筆を走らせた。


 所感を書き終えて柊木さんに渡すと、手で口を押さえてクスクスと笑われた。


「特になし、って…………ぷっ」


「な、なんだよ……」


「いやいや、特にないって、ダメに決まってるじゃない。何かしら書かなきゃダメよ」


 何かしら書けと言われても、本当に特筆すべきことがないのだ。

 そもそも、学校に来た感想は? と聞かれて、『楽しかった』か『つまらなかった』の二択しかないだろう。

 その二択から選ぶとなると、いつもなら間違いなく後者だ。


 しかし、今日は…………


「分かった。書き直すよ」


 柊木さんから再び学級日誌をもらい、『特になし』から『楽しかった』に書き換えた。

 すると、何故か柊木さんは、さっきよりも大きな声で笑った。


 一体どう書き換えればよかったのか、皆目見当がつかない。

 まあ、それでも柊木さんの笑顔が見れてよかった、と思う(本当に可愛かったです。ありがとうございました)。



※※※



 俺と柊木さんは学級日誌を書き終えて、担任の先生に提出しに行った。

 そして教室に戻り、机の中に入っていた教科書を取り出して、適当に鞄の中に放り込み、一人で家に帰ろうと席を立つ。


「ちょっと待って! 一緒に帰りましょ」


 え……俺……?


 教室を見回しても、周りには誰もいない。

 そして、俺に向けられた柊木さんの目。

 間違いない。俺に掛けられた声だ。


「俺はいいけど……柊木さんはいいの?」


「私が帰ろうって誘ってるんだから、いいに決まってるじゃない」


 当然の事を言われているのは分かっているが、どうして一緒に帰ろうと誘われたのかは謎だ。

 そもそも、なぜ男子のことが大嫌いな柊木さんが、男子と一緒に帰ろうとしているのか。


 もしかして……ストーカーに付きまとわれているのだろうか。

 だから誰でもいいから彼氏が欲しくて、男子への対応を変えたのかもしれない。


 俺が選ばれた理由は分からないが、そのことを聞けば柊木さんを不快にさせる。

 無闇に詮索をせずに出来るだけ力になってあげたい、そう思った。


「分かった。じゃあ、帰ろうか」


「う……うん」


 それから二人で並んで帰っている間、周りには不審者と思われる人もいなければ、ストーカーと思われる人もいなかった。

 それに、誰かにつけられている気もしなかった。


(今日はたまたまなのか……? それとも……)


 柊木さんは、ただ俺と一緒に帰りたかっただけなのか?

 いや、そんなわけないか。


 無事に柊木さんを家に送り、俺も家に着いてリビングに入ると、義妹の琉那るながソファで寝転がって、ファッション雑誌を読んでいた。


「あ、お義兄ちゃんお帰り〜」


「ただいま……って、お前……」


「え、何?」


 今、琉那はソファで寝転がっている。それはいい。

 しかし、二つ問題がある。


「なんで俺の服着てんだよ」


「だってこれ、着心地いいよ?」


「そういう問題じゃない!」


 着心地がいいからって、高校生の女の子が男物の服を着るか?

 普通に考えて、着ないだろう。


「ま、まあ、それは別にいいんだが……」


 もう一つの問題は……


「あとさ……さっきからずっと見えてるんだけど……」


「何が?」


「その…………水色の、下着」


 同学年の女子と比べても小柄な琉那が、年上の男子の服を着れば、どうなるかは簡単にわかる。

 肩紐はもちろん、まだ発育中で手に収まるくらいの胸も少し見えていたのだ。


 本当に俺の義妹は、天然で、何もかもが可愛くて困る。


「そ、そ、そ…………」


「そ?」


「それを先に言えぇぇぇえええーーっ!!」


「グハッ……」


 琉那の顔がみるみる赤くなっていくと同時に、近くにあったテレビのリモコンを投げられ、顔面にヒットした。


 やっぱり、照れている義妹も、最高に可愛い。

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