4月12日(金) 新入生研修合宿(二日目)
4月12日(金) 天気…晴れ
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研修合宿二日目も終盤。狭い部屋に監禁されてひたすら勉強に
ところが、合宿二日目の夜にして最大最悪のイベントが、精魂尽き果てた僕を待ち構えていた。
この合宿を企画した先生たちは、何を血迷ったのか、僕らの唯一の至福である自由時間を時間割からほとんど削り取り、夜のレクリエーションに変えてしまったのだ。
その内容は、体育館を貸し切ってのクラス対抗ドッジボール大会。ただでさえもうヘトヘトなのに、そこへさらに追い討ちをかけてくるという酷い仕打ち。せめて合宿最後の夜くらい静かに休ませてほしい。
一学年十五クラスを三つのグループに分けてのリーグ戦。当たった各クラスと四回に渡って競い合い、クラスの仲間同士の絆を深めようという、今回の合宿の目玉企画。
しかし、狭い監獄のような部屋で勉強付けの時間を過ごし、やる気を底尽くまで削がれていた僕にとっては、ただの地獄の延長戦でしかなかった。おまけに、僕らのクラスは他クラスよりも元運動部員が劇的に少なく、ほとんどが元文化部か帰宅部。他クラスより明らかに不利な条件を抱えていた僕らのクラスは、リーグ戦で四連敗を決めるという散々な結果に終わってしまった。
――けれども不思議なことに、周りのクラスメイトたちが次々とボールに当てられアウトになってゆく中、何故かあの不思議ちゃん――紬希だけは、いつも最後までフィールドの中に残っていた。
彼女は四方から飛んで来るボールを
まるで新体操のように華麗な動きでボールを避ける彼女の姿に、周りの皆が注目していた。特に、体の動きに合わせて体操服の内側で大きく跳ね揺れる胸は、男子勢の視線を根こそぎ
一方で、僕の方はまったく活躍できなかったかというと、そうでもない。
……とはいうものの、試合で最後の一人になるまでフィールド内に残り、相手の猛攻を最後までかわし続けた紬希の功績に比べれば、僕の残した功績なんてほんの些細なものでしかないだろう。
普段は影の薄い紬希なのだが、この時だけは周りから注目の的となり、クラスどころか学年の中で一番目立ってしまっていた。
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試合が終わり、生徒たちが各々合宿所へと戻ってゆく中、僕はまだ熱気のこもった体育館を後にしようとして、ふと背中に刺々しい視線が刺さるのを感じた。
振り返ると、顔を知らない数人の男子生徒が寄り集まって、遠くの方から僕を睨み付けていた。彼らの中心には、先程の試合の時、僕がでたらめに投げたボールにヒットして退場させた男子が、不機嫌そうな顔付きで立っていた。
その時の僕は、どうして自分が彼らにあのような冷たい目で見られているのか、さっぱり分からなかった。
――そして、大会が終わった三時間後、僕はこの身をもって知ることになる。
ボールを当てたあの男子生徒が、実は新入生たちの中でも特別に危険視されていた不良の
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夜も更けて、僕らはそれぞれ割り当てられた部屋に別れて床に就いた。
六人部屋だった僕の寝室でも、連日の勉強疲れもあって全員すっかり寝入ってしまい、誰もが皆静かに寝息を立てている。僕もベッドに入った途端に睡魔に襲われて、すぐにでも寝付けそうだと思っていた。
――しかしその時、不意に部屋の扉が開けられる音がした。
そして、突然誰かの手によって強制的に揺さぶり起こされ、腕を強く引かれた。まだ寝ぼけていた僕は声も上げられず、ベッドから転げ落ちてしまう。生徒の一人が僕の首根っこを掴み、まるで悪戯した子どもがお仕置きされるみたいに乱暴に引きずって部屋から連れ出された。
そして、寝室棟から離れた何処かの部屋に放り込まれると、パッと明かりが付けられ、眩しい光が目を突いた。
そこは男子トイレで、僕はタイル張りの冷たい床に突き倒され、男子生徒三人に囲まれていた。そのうちの一人、夕方の試合で僕がボールを当てた男子生徒が、包帯を巻かれた薬指を僕の目の前に突き出してくる。
「なぁおい、人に怪我させておいて、謝罪の一つもねぇのかよ」と、その男子生徒は言った。彼の仲間らしき残る二人が僕の両脇に回り込み、身動きの取れないよう両腕を押さえ付けて強制的に立ち上がらせる。
「な、何すんだよ……」
僕は戸惑いながらそう言うが、この後何をされるのかくらい、馬鹿な僕でも予測はついていた。
「相手に怪我させておいて謝りもしねぇ奴にはお仕置きしてやらねぇとな……」
確かに、僕の当てたボールが彼に怪我を負わせてしまったことは僕に非があったと認めよう。でも、だからといって「ごめんなさい」と謝罪して済ませてくれる程、奴らは甘くなかった。非道にも奴らは、僕に非がある事実をとことん利用して、暴力という名の鉄槌を下そうとしていた。
……いや、ここまで一方的な報復はもはや罰ではない。ただの腹いせだった。彼らはニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべて、抵抗する僕を押さえ付け、顔めがけて渾身の一発を叩き込もうと腕を振り上げる。
僕は反射的に目を閉じ、頬に響くであろう衝撃に備えた。
――しかし、渾身の力をもって振り上げられた彼の拳は、何故か僕の顔に届かない。
「なっ、何だてめぇは⁉」
男子生徒のうろたえる声を聞いて、僕は目を開く。
視界に映ったのは、男子生徒が力一杯に振るった拳を、細い腕でいとも簡単に受け止めてしまっている、一人の女子生徒の姿だった。
「……お仕置きされるのは、あなたたちの方」
体操着姿の彼女は、ぼそっと呟くようにそう言って、掴んだ男子生徒の腕を問答無用で捻り上げた。
男子生徒は、まるで尻尾を踏まれた猫のように甲高い悲鳴を上げて体を反らせた。女生徒はすかさずもう片方の手でのけ反った彼の頭を掴み、壁に据え付けられた小便器の中に勢い良く落とし込む。
ガン、と便器に顔がぶち当たる子気味良い音がして、その男子生徒は小便器に顔を突っ込んだまま、だらりと腕を垂らして動かなくなった。
「こ、この野郎っ!」
残る二人の男子が拳を握り締め、その子目掛けて突っ込んでゆく。対する彼女は打ち出された拳をサッとかわし、一人の腕を引き込み、もう一人の足元をすくった。
すると、二人は糸の切れた人形のように簡単にバランスを崩して倒れ、それぞれ残った二つの小便器の中に頭を打ち付けて、白目を剥いたまま動かなくなった。便器に付けられていたセンサーが反応して自動で水を流し始め、便器の中に埋もれた不良たちの頭を奇麗に洗い流してゆく。怒りに沸き立っていた彼らも、これで少しは頭を冷やしてくれるだろう。
トイレの壁に備えられた三つの小便器の中に、まるで酔っ払いが嘔吐でもしているようにだらしなく頭を埋めてへたり込む三人の男子生徒。側から見ればなんとも
そして、その様子を怪我一つ負うことなく、真顔のまま佇んで見下ろしている女子生徒が一人――
不思議ちゃんクラスメイト、紬希恋白の姿がそこにあった。
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「ちっ、畜生! これで終わったと思うなよっ!」
思わぬ刺客からの反撃に遭ってしまった哀れな不良男子たちは、びしょ濡れで鼻からボタボタ血をこぼしながら、豚みたいにだらしのない鼻声で敗者お決まりのセリフを吐き捨て、トイレから逃げ去っていった。
「……大丈夫? 怪我はない?」
紬希はそう言って、地面に座り込んだままの僕に手を差し出してくる。その台詞を聞くのは今回で二度目だった。
「べ、別に僕は大丈夫だけどさ……紬希の方は大丈夫なのかよ?」
「大丈夫って、何が?」
そう言ってきょとんと首をかしげる紬希。どうやら本当に分かっていないようだったので、僕は大きく溜め息を吐き、彼女に教えてやった。
「だって……ここ、男子トイレだよ?」
「うん、知ってる」
何食わぬ顔で即答を返され、僕は今一度再認識する。
……やっぱりこの子、普通じゃない。
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