8-71【王国を敵に回す一撃5】



◇王国を敵に回す一撃5◇


 奇跡が起きた。

 誰も間に合いはしない、助けてなど貰えない。

 そんなあきらめを、たったの一声が……搔き消してくれた。


「――てめぇ、人の家族に何しようとしてやがんだ!!」


「き、きさま……だ――」


 その人物の登場を、リディオルフは予期できなかったらしく。

 戸惑とまどいと困惑の中で、リディオルフは消え去る事もなく、その戸惑とまどいのままの顔面に、強烈な一撃を食らった。


「――ぐべっ……がぁぁぁぁぁぁっ!!」


 レインの肩を離し、ゴロゴロと転がる。

 痛みにのた打ち回り、ペキリと音が鳴った鼻を押さえて声を上げるリディオルフ。

 そんな男を完全に放置して、救いの少年……ミオは。


「――レイン姉さん。大丈夫?怪我は?どこも痛くない?酷い事されなかった?」


「ミ、ミオ……なの?ど、どうしてそんなにびしょ濡れ・・・・・で……そ、それになんだかバチバチ・・・・してて……平気なの?」


 最愛の弟は、まるで心酔する神を崇め立てるように。

 触れはせず、御神体に祈りをささげる牧師のように膝を着き。


「落ち着いて姉さん。俺は正真正銘ミオだよ、レイン・スクルーズの弟だ。あと濡れてるのは平気。このバチバチは……まぁ感電するから絶対に触らないでね。でも……よかった間に合って……って怪我してるじゃないか!――んの野郎、五千万倍返しだぞ……」


 しかし打って変わって、レインの小さな怪我を発見した途端、鬼の形相で倒れるリディオルフを睨みだす。

 バチバチと電撃を発生させる両手・・の指をバキバキと鳴らし、まるでその手の組員のように凄む。


「ま、待ってミオ!リアちゃんが!ア……アドルが!」


 きっと、アドルの名を出すのか迷ったのだろう。

 だが、それでも。


「――大丈夫。アドルさんは無事だよ……怪我はしてるけど。うちには怪我を治療できるちっさいの・・・・・がいるだろ?」


「……ク、クラウ?」


 ちっさいの。で理解できることが悲しいが。

 それでも、無事という一言だけでどれだけ安心出来るか……弟の一言で、ここまで心が休まるものか。


「そう言う事さ!さぁて、リアは……よし、魔力も安定してる。暴走もしてない……よく頑張ったな、リア!偉いぞ!!」


 小走りで駆け付け、ミオはリアに笑顔で言う。

 瞳を閉じながらも、リアの耳にもミオの声が届き。


「ミオにいちゃん……」


「大丈夫だ。お前のも、持って来てる……ウィズが調整した、完成品だぞ」


 ミオは濡れている手で、腰に付けた物入れから……赤色のオーブを取り出す。

 そのオーブは加工され、もう宝珠オーブとは呼べないかもしれないが。


「リアの……リアの!」


 反応を感じたのか、リアはムクリと起きた。


「わっ……ほ、本当に平気なのね、リアちゃん……」


 レインはおどろきながらも、未だ転がり続けるリディオルフを見ながらミオを追って来た。


「レイン姉さん。リアから離れないでね……あいつが倒れてたからあれだけど。そろそろ起きるだろ。なら、ぶちのめさないとなぁ……!」


「……ぐ、ぐぅ……お、お前ぇ!僕の、僕の鼻を!……」


 鼻血と涙を流しながら、リディオルフは立ち上がる。

 その姿に、ミオは。


「――お前、どっかで……」


「ミオ、その……昔、村でミーティアを助けた時の」


 思い出す。


「あの時の……リディオルフとか言う男か!なんでお前が!」


「僕を知らないのかっ、この知れ者が……僕は、【リードンセルク王国】の騎士団長だぞ!」


「は?【リードンセルク王国】の騎士団長?……」


 ミオは知らない。

 三ヶ月前にアレックス・ライグザールが辞している事を。


「別にいいさ……どうせ死ぬ、皆……死ぬんだからさぁぁぁ!」


「――何言っ……消えっ!!」


 冷静さを取り戻したのか、リディオルフは消え去る。

 何度も何度もそうしてきたように、自身の姿も、魔力も、存在自体をも消し去って。

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