8-67【王国を敵に回す一撃1】



◇王国を敵に回す一撃1◇


「はぁ……はぁ……うぅ、アドルっ……!」


 燃える村、東部の林道を走る女性。

 何度も転んで泥にまみれ、燃えた木々のすすを浴び、恐怖に追われ、大切な人の安否を思う。


「――みぃつけた」


「ひっ……な、なんで!」


 レインが逃げている方向から、その男は笑顔でやって来た。

 血濡れた剣を持って。


「……アドル……」


 血がしたたる剣を見て、レインは声を漏らす。

 追われる恐怖よりも、大切な人が傷ついた事の方が怖かった。


「まだあんなクソ男の事を……あぁ、優しいんですねぇ。でも、もう心配は要らないよレインさん……あんなクソ男は、今頃……ディハハハ!!」


「そ……んな……酷い……う、うぅ……」


 へたり込むレイン。

 自分を逃がしてくれた、最愛の人。

 瞳孔どうこうが開く、嗚咽おえつで息が出来ない。


「??……どうして泣くのですか?僕が、あの男を懲らしめてやったのに、僕がここにいるのに……僕が、僕だけだ!」


「……この……――人でなしっっ!!」


 とうとう、レインの中で何かが弾けた。

 人生で初めて、人に罵声ばせいを浴びせた。

 視線に憎しみを籠めた。顔が歪み、よほどおっとりとした性格とは正反対の、殺意のある表情で。


「……あ、ああ……なんで!!なんでだ!!どーーーしてそんな目で僕を見るんだぁぁぁぁ!」


 後退り、レインから向けられた言葉に刺されるリディオルフ。

 まるで予測もしていなかったのだろう。


「あなたなんか嫌いです!!大っっっっ嫌いです!!この……馬鹿ぁぁ!!」


 罵声ばせいを浴びせると言う行為をした事のないレインにとっての、精一杯の悪口レパートリー。


「……僕は、レインさんの事を……こんなにも思っているのに。それなのに……拒否するのか!!由里子ゆりこのように!!」


 リディオルフは引き戻される。

 前世での因縁を、死の原因を。


「だ……れ?し、知りません!!関係ありません!もう私の前に現れないで!アドルを返して!!」


「ディ……ハハ……ギャハッ……アハハハハッハ!!」


 思い出される、消された過去。

 否定された、前世での記憶。

 それを払拭しようとした今世の行為……全てが、ループしていた。


「な、何を笑っているんですか……き、気持ち悪い・・・・・!!」


 不気味に笑っていたリディオルフが、その言葉を聞いて停止した。


「……」


「――ひっ……!!」


 冷めた視線。

 見下すその視線は……レインの身体を舐めまわす。


「……お前も同じか。お前も由里子ゆりこと同じく、僕を気持ち悪いと言うのか!……僕が必死に働いて、彼女の為に費やした時間も労力も!プレゼントも!愛を込めた手紙も!……お前らはぁ!!」


 涙を流しながら、リディオルフは一歩、また一歩と進んでくる。

 レインはズリズリと後退る。逃げ出したい気持ちで一杯なのに……腰が抜けていた。


「ブチ犯してやるよ……あの時と同じく、そうして殺す!!そしてまた僕は、転生するんだぁぁぁぁ!!」


「――い、や!イヤァァァ!!」


 レインの服を破ろうと、リディオルフは覆い被さる。

 剣を捨て、血走った目で。


「やだ!いやっ……誰かっ、誰かぁ!アドル、アドルゥゥゥ!」


「大人しくしろよ!!ほら、黙ってれば痛く――がっ……!」


 ドン――と、衝撃。


 興奮するリディオルフの背中に、何かがぶつかった。

 肺から漏れ出る空気で、そうとうな衝撃だと察する。


「……あ?」


 振り向くリディオルフ。

 そこには……小さな女の子が、紫色の瞳を輝かせて立っていた。

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